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たかがりず 鷹狩図
これは、鷹狩のようすを描いたものだが、風景が俯瞰的にとらえられている。近景の池から、木々や小山を通して田圃が遠方まで広がるようすには、西洋の遠近表現も取り込まれている。流派の伝統だけにとらわれず、東西の幅の広い表現を取り入れるなかで溶け込んだ新しい視覚の表現といえるだろう。狩野家の当主をつとめながら、同時代の新しい傾向に無関心ではなく、西洋絵画の影響を受けた表現を部分的とはいえ、自己の表現に取り入れはじめていたことを示している。(「近代日本画への道程 「日本画」の19世紀」図録 1997年)
カテゴリー:作品
ダダとは?【 美術用語 】 第一次大戦中、ヨーロッパおよびアメリカに起った運動。1916年、チューリヒのキャバレ・ヴォルテールで、トリスタン・ツァラ、ジャン・アルプらが、辞典の一頁から偶然に拾った言葉「ダダ」を用いた。大戦の不安のなかで、合理主義文明とその社会体制を否定し、破壊しようという運動で、おびただしいデモンストレーションとスキャンダルを通じて「なにも意味しない」虚無のダダを唱えた。この否定の精神は、ドイツではヒュルゼンベック、グロスらにより政治的色彩を濃くした。またニューヨークでマルセル・デュシャン、ピカビアらが写真のコラージュや、レティ・メイドのオブジェを使った時期をニューヨーク・ダダと呼ぶが、デュシャンの芸術そのものへの否定精神(反芸術)は、第二次大戦後の若い作家に受け継がれた。さらに1919年にケルンでエルンスト、アルプらが起したダダ運動は、偶然性や意識下の世界を通じて、のちにシュルレアリスムや抽象表現主義への道をひらいた。 |
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