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ゆだ ぎょくすい 湯田玉水
1879年福島県に生まれる。本名和平。高等小学校を卒業して21歳まで農業に従事する。日露戦争に出征し、帰国後画家を志して上京する。はじめ川端玉章に学ぶが、円山四条派の画風にあきたらず、南画を学ぶ。1915年(大正4)第9回文展に初入選し、第10回、第12回展に出品した。1922年第2回日本南画院展に同人として出品。 1927年(昭和2)第8回帝展に帝展委員として出品、第9回帝展に無鑑査出品した。南画のもつ伝統的筆法から離脱せず、むしろその画法を継承することで画業の完成を志向した。(「大正の新しき波 日本画1910−20年代」図録 1991年)
カテゴリー:作家
未来派とは?【 美術用語 】 20世紀初頭、イタリアを中心に興った芸術運動。1909年2月20日、詩人マリネッティがパリの日刊紙『フィガロ』紙上に最初の「未来派宣言」を発表し、10年3月8日ボッチョーニ、カルラ、ルッソロ、バルラ、セヴェリーニがトリノの劇場で観衆を前にイタリアで最初の未来派運動宣言を行なった。新時代はそれにふさわしい生活様式と表現を必要とするとし、いっさいの過去を精算して速度とダイナミックな力の渦巻く機械文明の感覚を力強く表現することを主張した。造型の観点からは、対象の物質性を破壊してキュビズムから得た同時代性の思想を画面に定着し、運動の表現に新たな道を開いた点が注目される。運動としては1915年頃までで終ったが、ダダをはじめ20世紀芸術の諸運動に与えた影響は少なくない。印刷物を通じた幅広い広報活動をおこない、大正10年代の日本の美術・文学にも多くの影響を与えた。 |
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