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〈舞台〉



〈舞台〉



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舞踏会から帰って[ジャン=フランソワ・ド・トロワの原画による]



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ふようくじず

芙蓉狗児図

作家名:橋本雅邦
制作年:不詳
技 法:紙本着色
奇岩と芙蓉の組み合わせや、緑のなだらかな土坡と後方より流れ来る川、あるいは砂子による霞の表現を見ると、江戸後期の狩野派の表現にならったものと考えることができる。たとえば、土坡の上に描かれた狗児と鳥たち、奇岩を桜などにそれぞれ替えれば、狩野惟信に似かよった作品<四季花鳥図屏風>(板橋区立美術館)がある。また彼には、同じ奇岩に芙蓉を配した屏風、<花鳥図>(埼玉県立近代美術館)が残されている。本図に認められる勝園雅邦と同じ落款の作品が、幕末期にあることから、「木挽町画所」に知られている、雅邦の修行時代を伺うことのできる作品と考えることができる。明治維新直後の木挽町の大火で類焼し、雅邦はすべてを失っている。雅邦の初期の作品は、あまり知られていないが、そのなかで風炉先屏風に描かれた本図は、貴重な存在といえる。フェノロサや天心と出会うことで、日本絵画の「近代化」の本流を歩くことになる雅邦の、画業の出発点を知ることができる作品である。(「近代日本画への道程 「日本画」の19世紀」図録 1997年)


カテゴリー:作品
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ラスケとは?【 作家名 】

1892年から1898年、ウィーン工科大学でカール・キューニッヒに師事。1897年、イタリアに研究旅行。1899年から1901年、ウィーン美術アカデミーオットー・ヴァーグナーに師事。建築ディレクター、ヘルマン・ミュラーのもとで実践を積む。最初は父親のアトリエで、後に独立して、賃貸住宅やウィーンの邸宅、とりわけ、ケルンテン、ドレスデン、メーレンのエンゲル薬局、などの建築に従事。キャバレー「ナッハトリヒト(常夜灯)」の内装と装飾。1904年、はじめてエッチングを試みる。1905年、ユングブント展に造形作家として参加、その際、室内デザインにも従事する。1907年、ハーゲンブントのメンバーになる。多くの展覧会設備のデザインを請負う。1910年、「ノアの箱舟」、1913年、「パラダイス」、「小鳥のお説教」。1911年から1918年、頻繁に旅行をする。第一次世界大戦の際には、戦争画家として様々な戦線に赴く。1919年、「ノアの箱舟」のフリーズ(壁面上部の帯状装飾)、エッチング「ファースト・インプレッション」。1920年、初めて劇場の演出を試みる。1924年、ウィーン分離派メンバー。1928年、ウィーン紙大賞を受賞。キュンストラーハウスのメンバーとなる。ウィーン市から1931年、1948年に受賞。トーマス・マン、ヨハン・ネポムック・ネストロイ、フェルディナンド・ライムンド、アルトゥール・シュニッツラーらの作品のリトグラフと本の挿絵を制作。

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