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かんこうばんりず![]() 寒江萬里図 ![]()
<寒江萬里図>は、38歳のときの作品である。この年の12月、鉄斎は、愛媛県松山に旅行している。前年に結婚したハル(通称春子)の故郷(愛媛県浮穴郡串村−現伊予市)を訪ねる旅でもあった。本図は、その折りのものである。小舟が浮かぶ冬の川を、両岸の風景とともに描きだしている。江戸時代から、文人画家は各地を歩き実景を描いてきたが、鉄斎は、明治に入ってもそれを引き継ぎ、活発に制作した。このような文人画家の真景図は、実際の風景によって呼びおこされた感興を画室で描くことが多く、現地で制作されたものとは限らない。しかし、それだけに、画家の感動や個性とともに、歩いて体験した距離感やスケール感を、より明瞭な形で表すことができる。この作品で鉄斎は、中国の絵画に学んだ表現を、四国の風景に当てはめ、広大なものとして描きだしている。ちなみに、翌年の明治7年(1874)3月には、徳島を訪れている。(「近代日本画への道程 「日本画」の19世紀」図録 1997年)
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カテゴリー:作品
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