ぐるぐるアートワード
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山麓で羊といる少女



サン=ロック教会



サーレ



サー・ウィリアム・マクスウェル将軍の肖像



The Signified or If No.1



The Signified or If No.2



The Signified or If No.3



The Signified or If No.4



The Signified or If No.5



The Signified or If No.6



The Signified or If No.7



ザヴジェル



ザガッタ



雑誌「青騎士」



雑誌「自由」(ラ・リベルテ)



雑誌「微笑み」(ル・スリール)



雑誌「ル・ポンポン」



ザツキン



『ザ・ライフ・オブ・マン』



ザルテン


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らんざんしゅうふうず

嵐山秋楓図

作家名:富岡鉄斎
制作年:1886年
技 法:絹本着色
京都の嵐山を描いたものである。筏のいる大堰川と渡月橋が見える。賛は、醍醐天皇の皇子で、嵐山の山荘に隠棲した兼明親王のものを引用している。嵐山の美しさがたたえられているが、鉄斎は賛に応えるように、大和絵の様式を用いてその風景を描いている。鉄斎は、明治16年(1883)頃から大和絵や琳派の研究をはじめ、その成果の表れた作品を残している。本図は、そのうちの一点である。様式化され、単純化された山や松の形態、緑の鮮やかな色彩が特徴的である。当時の美術界における復古的傾向に、何らかの形で反応したのか定かではない。しかし、本図に見られる、鉄斎50歳代の大和絵に学んだ彩色法が、後の表現の高みに生かされていったのは確かであろう。(「近代日本画への道程 「日本画」の19世紀」図録 1997年)


カテゴリー:作品
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小田海僊とは?【 作家名 】

1785年周防(現在の山口県)に生まれる。1862年没する。名は瀛、字は巨海。通称良平、南豊とも号した。下関で育ち、京都に出て、四条派の呉春に師事した。呉春の没後、長崎など九州を遊歴し、中国絵画を学び、南画を描いた。頼山陽、田能村竹田、浦上春琴などの儒者、漢詩人、画家などと交流。文政7年(1824)萩藩毛利家の御用絵師となるが、2年後、修練のため京都居住が許される。『海僊画譜』『十八描法』などの画譜を刊行。晩年は、京都画壇を代表する画家のひとりとなった。(「近代日本画への道程 「日本画」の19世紀」図録 1997年)

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