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ひせん 飛泉
<飛泉>には、滝の水しぶきによって、霧のかかったような空気が、滝壺をはさんだ手前から滝までの距離感のなかに描かれている。橋本雅邦ら前の世代の画家も、狩野派、室町水墨画の表現を生かしながら、空気の奥行きがある空間をつくりだそうとした。部分的だが、線を用いることなく、霧のある風景も表している(No.45)。大観、春草らの無線描法は、それをさらに展開したものといっていいだろう。狩野派などの修行を経た世代が、線の表現、皴法などを流派の様式や価値の背景から切り離して用いることができなかったのに対して、大観らの姿勢は、きわめて大胆であった。「朦朧体」は、線を使わず描いただけでなく、流派と表現の関係を分離して、一つひとつの手法を作家の表現のなかで組み替える前提を用意したといえる。批判を浴びたが、一度は通らなければならない近代への入口であった。(「近代日本画への道程 「日本画」の19世紀」図録 1997年)
カテゴリー:作品
表現主義とは?【 美術用語 】 20世紀の初頭にドイツでおこった芸術運動。印象主義への反動と考えられる。つまり作品は自然が人間に入ってくる印象(impression)ではなく、人間の精神的なものの外への表現(expression)である、という考え方に立っている。1905年にドレスデンで「ブリュッケ(橋)」というグループが結成された。キルヒナー、シュミット=ロットルフなどの他、ノルデも短期間参加した。原色を多用した激しい色の対比や、線そのものの表現力を生かしたその画面は、抑制に反抗する。創造への衝動をあらわしている。1911年にはキュビズムをとり入れた表現主義的な活動をしたグループ「ブラウエ・ライター(青騎士)」が結成された。短期間の活動ではあったが、マルク,カンディンスキー,クレーらを輩出した。そして第一次世界大戦後は、これらの画家たちはそれぞれ独自の活動を展開していく。なお、フランスにおける表現主義的な活動は、フォーヴィズムと呼ばれ、日本の近代絵画にも影響を与えた。 |
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