ぐるぐるアートワード
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ぐるぐるもくじ


山麓で羊といる少女



サン=ロック教会



サーレ



サー・ウィリアム・マクスウェル将軍の肖像



The Signified or If No.1



The Signified or If No.2



The Signified or If No.3



The Signified or If No.4



The Signified or If No.5



The Signified or If No.6



The Signified or If No.7



ザヴジェル



ザガッタ



雑誌「青騎士」



雑誌「自由」(ラ・リベルテ)



雑誌「微笑み」(ル・スリール)



雑誌「ル・ポンポン」



ザツキン



『ザ・ライフ・オブ・マン』



ザルテン


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こんどうこういちろう

近藤浩一路

1884年山梨県に生まれる。本名浩。上京して、東京美術学校西洋画科に学び、在学中の1907年(明治40)第11回白馬会展に出品する。1910年同校を卒業し、同年の第4回文展に卒業制作を出品して入選、1913年(大正2)の第7回展にも入選する。その後、日本画に転向し、1915年に自然主義を標榜する珊瑚会に参加する。1919年の第6回再興院展に出品をはじめ、21年同人に推挙される。翌22年フランスに半年間滞在し、23年の帰国後、関東大震災を機に京都に移り、画塾を開く。同年の第10回再興院展で水墨による作品を発表し、本格的に水墨画の制作を始める。1925年に津田青楓らと三条会を結成する。1931年(昭和6)に再度渡仏するまでは、京都で制作活動を続け、院展を主な発表の場とした。1936年再興日本美術院を脱退。1954年から日展に出品し、59年同展会員となった。(「大正の新しき波 日本画1910−20年代」図録 1991年)


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吉田博とは?【 作家名 】

福岡県に生まれる。1887年に中学修猷館に入学。1893年京都に上り、田村宗立に師事。翌年上京して小山正太郎の不同舎に入り、のち明治美術会に加わる。1899年渡米。デトロイト美術館で「日本画家水彩画展」を開き、翌年パリ万国博覧会に出品して褒状を受ける。1901年帰国。翌年太平洋画会の創立に参加し、1903年には再渡米。第1回文展で3等賞、第2回文展、第3回文展でそれぞれ2等賞を受賞。第4回以後しばしば審査会をつとめる。1947年太平洋画会会長となる。(「みづゑのあけぼの 三宅克己を中心として」図録 1991年)

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