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なんごく 南国
竹喬は岡山県笠岡のひと。本名英吉。はじめ竹橋と号した。明治36年京都に出て、竹内栖鳳の門下となる。絵専に入学し、明治44年に卒業。在学中に土田麦僊らと黒猫会を結成、さらに仮面会を起こして新しい絵画について研究した。明治40年の第1回文展に「山家の春」が入選して以後文展に出品するが、同展への不満から大正7年に土田麦僊らと国画創作協会を結成する。活発な活動の後、同会解散後は新樹社の設立に協力するが、官展に復帰、新文展・日展に出品した。また昭和22年より美専・美大の教授を務め、後進の指導にあたった。昭和51年には文化勲章を受章している。この作品は明治44年に結成された仮面会の第1回展に「朝」「祭」と共に出品されたものである。同年学校に買い上げられた絵専卒業制作は、その内「祭」という校友会展で銀賞を受けた作品であったが、後に本作品と取り替えられた経過を持つ。(「京都の日本画−京都画壇の俊英達−」図録 2001年)
カテゴリー:作品
水彩画とは?【 美術用語 】 広義には、水溶性の展色剤で練った顔料を使って制作された絵画をさす。古代エジプトのパピルス画、東洋画の紙本・絹本の類、中世ヨーロッパの彩色写本の挿絵など古くから世界各地で広く利用されてきた。狭義には顔料とアラビアゴムを練り合わせた絵具(水彩絵具という)で描いたものをいい、より狭義には、水彩絵具を透明水彩絵具と白色顔料を加えた不透明水彩絵具(グワッシュ)に分け、前者のみを指す。透明水彩は特に精選した微粉の顔料を用い粘り気が少なくなるように練ってある。水彩絵具の特性は透明なことで明るい色を表現する場合は、水で薄めるだけで、薄い絵具の層を通して画用紙その他の支持体面から光が多く反射して明るく見える。不透明水彩の場合は白を加える。単色で仕上げる水性絵具としては、茶色のビスタや、いかの墨から作る焦げ茶色のセピアを使ったものがよく知られている。18世紀から19世紀初頭のイギリスで大きな発達をとげ、特にターナーは油絵に劣らない色の明るさと鮮かさを表現する水彩技法を作り上げた。 |
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