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版画集〈壁〉9. 壁と旅人たち



版画集〈壁〉10. 壁の前で用を足す犬



版画集〈壁〉11. 壁と横たわる人



版画集〈壁〉12. 壁と告示



版画集〈壁〉13. はげ落ちた壁



版画集〈詩畫集 蟻のいる顔〉3. ピケの残像



版画集〈博物誌〉25.夫婦のダイヤモンド



版画集〈マルドロールの歌〉4



版画集〈マルドロールの歌〉5



版画集〈マルドロールの歌〉18



版画集〈モニュメント・タバコ〉I



版画集〈リルケ『マルテの手記』より:一行の詩のためには…〉17. 愛にみちた多くの夜の回想



〈版画集〉1



〈版画集〉2



〈版画集〉3



〈版画集〉4



〈版画集〉5



版画集〈『悪の華』のために版刻された14図〉13.〈放蕩〉と〈死〉は…



版画集〈エルサレムの攻略〉1.裸婦



版画集〈エルサレムの攻略〉2.頭蓋骨のある静物


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たんじつのやま

短日の山

作家名:山口八九子
制作年:1912年
技 法:軸装・絹本著彩
八九子は京都のひと。本名直信。別号に小遊、三樹洞主、紫陽花人などがある。美工を経て絵専を卒業する。美工在学中に中川四明に俳句を学びはじめる。大正10年第3回帝展に「浜木綿」が初入選して以後出品を続けたほか、同年創設された第一回日本南画院展に「雲仙湯煙」を出品して以後同展にも出品を続けた。大正13年鞍馬寺本堂襖に「牡丹」を揮亳するが、翌14年結核に倒れ、和歌浦に療養する。後京都にもどるが再び入院、療養を続けながら飄逸味溢れる南画を制作する。病状悪化により43歳で亡くなった。死後『三樹洞句録』が刊行されている。この作品は俳人でもあった八九子らしい画題をとり、「短日」は冬の季語である。冬の日中の時間が短い日の山仕事の様子を描いたもので、後年の俳画風の作品に通じる詩情を感じさせる。(「京都の日本画−京都画壇の俊英達−」図録 2001年)


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山口八九子とは?【 作家名 】

京都市上京区西三本木に生まれる。本名直信。幼いころより父直胤の影響を受けて、絵を好んで描く。明治42年(1909)京都市立美術工芸学校を卒業、この年設立された京都市立絵画専門学校へ進む。明治45年同校を卒業後は、帝展や日本南画院展へ出品する。大正12年日本南画院の同人となり、翌年鞍馬寺本堂に「牡丹」を描く。大正14年帝展出品画の草稿の作成中に結核で倒れ、昭和2年(1927)まで和歌山で転地療養を行う。昭和5年岡山県津山地方を旅行、第9回日本南画院展に「夏意七趣一嶺、流、沿、山、農、溪、雷」を出品する。翌年第12回帝展に「月夜」を出品するが、昭和8年43歳の成熟期に夭折する。(「大正の新しき波 日本画1910−20年代」図録 1991年)

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