![]() |
|||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
| データベースを使った楽しいサービスです。文中のキーワードをクリックすると、解説文があらわれ、同時に検索結果が表示されます。ぐるぐるキーワードをたどって遊んでみてください。 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
|
びじん ふゆのよふけ 美人(冬の夜更)
立山は淡路のひと。本名定一。西山翠嶂に師事する。大正元年の第6回文展に卒業制作と美人画の「春雨の夕」を双幅で出品したのが初入選となる。その後は、風俗表現に新しい傾向を見せていたが、第11回展「献燈」などの花鳥風な風俗画から、大正10年第3回帝展「古陵」、第4回展「朝雨のあと」に見られるような詩情豊かな風景表現へと移行した。帝展では、昭和8年に無鑑査となるなど活躍したが、戦中から出品を止め、郷里で画壇を離れた作画生活にあった。最晩年には京都に戻り京都で没した。この作品は、立山のロマンチックな心情をよく反映した浮世絵ふうな美人画である。その作調は、風景の画題になって、より詩的な情趣性を色濃くするものであった。(「京都の日本画−京都画壇の俊英達−」図録 2001年)
カテゴリー:作品
ドラクロワとは?【 作家名 】 フランス・ロマン主義の代表的画家。幼少よりデッサンと音楽の才能を発揮し、17歳の時、古典主義画家ゲランのアトリエに入る。同門にジェリコーがいた。この頃ゴヤ、ルーベンスなどの作品を模写し、ダンテ、シェークスピア、バイロンなどの文学作品から主題をとって創作をした。ドラクロワの芸術の特質は色彩の鮮やかさと感情の表出にあり、彼の革命的な仕事が近代絵画への道を開き、印象派の絵画を導くことになった。代表作に《民衆を導く自由の女神》《サルダナパールの死》(共にルーヴル美術館)など。(「近世フランスの絵画と版画−東京富士美術館コレクションによる」図録 2002年) |
||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||