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たてやまえんぼう 立山遠望
横山大観は、明治34−36年に4〜5回富山を訪れ富山の風景を描いている。大観が知人に宛てた書簡や富山に残る写真から、明治35年8月19日に東京を出発し、20日に富山県高岡市に到着。その後3〜4日間アメリカ人カーチスと立山に登った記録が残っている。本作品は大観の画業を顕彰する初期作品であり、また、富山来歴の史実を証明する重要な作品である。(「富山県水墨美術館収蔵作品 2003〜2005」 2005年、加筆有)
カテゴリー:作品
丸山晩霞とは?【 作家名 】 長野県に生まれる。本名は健作。1884年上京し、勧画学舎に学ぶが1年足らずで帰郷。1888年再び上京し、本多錦吉郎の彰枝堂に学ぶ。1890年、第3回内国博覧会に油彩画を出品。1895年、吉田博と出会い、水彩画に興味を抱く。1990年満谷国四郎、河合新蔵らと渡米。その後ヨーロッパを巡って翌年帰国。太平洋画会の創立に参加。大下藤次郎らと水彩画講習所を開き、さらに日本水彩画会研究所へと発展させた。1911年再渡欧。1913年に日本水彩画会の創立に参加。評議員となる。(「みづゑのあけぼの 三宅克己を中心として」図録 1991年) |
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