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うごのやま 雨後之山
本作品は、第二次大戦中、大観が73歳の時に制作したものである。雨後に立ちこめる雲煙もあざやかに、凛として立つ山々を雄大で気品あるものに描いている。微妙なぼかしで描かれた雲煙は、大正後期以降、作者が水墨画に好んで用いた技法の一つである。雨に洗われた山の深い緑と白い雲煙との明暗の対比や、飛翔する1羽の鳥が生み出す空間の広がりなど、気宇壮大で清涼感あふれた作品である。(「日本の美−再発見 富山県水墨美術館収蔵作品集」 2005年)
カテゴリー:作品
リストとは?【 作家名 】 1885年から1889年、ウィーン美術アカデミーでクリスティアン・グリーペンケールに師事、その後、ミュンヒェン美術アカデミーでルートヴィッヒ・フォン・レフツおよびパウル・ヘッカーに師事。さらに、パリで学ぶ。1897年、ウィーン分離派の創設に参加。1898年、分離派の展覧会およびカタログ制作の参加。「ヴェル・サクルム」に多数の作品を発表、寄稿。同誌の編集責任者も務める。クリムトグループと共に分離派を脱退した後、1908年から1909年、クンストシャウに参加。 |
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