ぐるぐるアートワード
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ぐるぐるもくじ


山麓で羊といる少女



サン=ロック教会



サーレ



サー・ウィリアム・マクスウェル将軍の肖像



The Signified or If No.1



The Signified or If No.2



The Signified or If No.3



The Signified or If No.4



The Signified or If No.5



The Signified or If No.6



The Signified or If No.7



ザヴジェル



ザガッタ



雑誌「青騎士」



雑誌「自由」(ラ・リベルテ)



雑誌「微笑み」(ル・スリール)



雑誌「ル・ポンポン」



ザツキン



『ザ・ライフ・オブ・マン』



ザルテン


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 作家(1701)

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けいそんせっせいず

渓村雪霽図

作家名:川合玉堂
制作年:1925年頃
技 法:絹本墨画淡彩 軸装
大正14年頃に制作された作品である。従来の四条派に狩野派を融合させた画風から脱皮するため、さまざまな手法を試み苦闘した時期のものであり、雪、水車、渓流、民家、人物など玉堂の得意とするモチーフが全て描き込まれた珍しい作品である。この苦闘の時期を経た後、こまやかで美しい四季のうつろいの中に生きる人々の姿を親しみ深く描いた、玉堂独特の明るく澄んだ平明な画風が誕生する。(「日本の美−再発見 富山県水墨美術館収蔵作品集」 2005年)


カテゴリー:作品
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菱田春草とは?【 作家名 】

筑摩県飯田郡(現在の長野県)に生まれる。本名は三男治。上京し、結城正明に学んだ後、東京美術学校に進み、橋本雅邦川端玉章に師事する。卒業後、日本絵画協会絵画共進会で受賞を重ねるとともに、母校の絵画科嘱託として予備過程の授業を担当したが、明治31年(1898)天心に殉じて美術学校を辞職。日本美術院の創立に参加し正員となった。明治33年(1900)、絵画協会と美術院の連合絵画共進会に出品した作品が、「朦朧体」との酷評を受ける。大観とともにインドや欧米へ旅行し、帰国後は天心に従って茨城県五浦で研究を続けた。明治40年(1907)文展開催にともなって、新派の国画玉成会が結成されると評議員となり、文展で受賞を重ね審査員もつとめたが、眼病をわずらい失明の後38歳で亡くなった。(「近代日本画への道程 「日本画」の19世紀」図録 1997年)

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けんさくけっか

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  枯木鷺

  春秋(双幅のうち「春」)

  橋本雅邦

  菱田春草

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  結城正明


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徳島県立近代美術館2006