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こやまたいげつ 小山大月
1891年東京都に生まれる。本名光造。松本楓湖の安雅堂画塾に学び、今村紫紅、速水御舟、小茂田青樹、牛田■村、黒田古郷、岡田壷中、富取風堂とともに1914年(大正3)赤曜会に出品する。1917年の第3回再興院展に初入選し、その後、第8回、第10回、第11回、第12回展に入選、大作を発表して、26年同人に推挙された。また、その前々年には、小林古径、速水御舟、黒田古郷、富取風堂、吉田幸三郎らと山陽、四国、九州、山陰の各地を旅行している。大正期には、写実的な描写と装飾的な色使いを兼ねあわせた画風を展開した。ことに花鳥画を得意としたほか、風景画も残している。昭和期も院展を主な発表の場として、画作を続けた。(「大正の新しき波 日本画1910−20年代」図録 1991年)
カテゴリー:作家
印象主義とは?【 美術用語 】 19世紀後半のフランスに起きた最も重要な絵画運動で、その影響は欧米をはじめ日本にまで及ぶ。1874年春にモネ、ピサロ、シスレー、ドガ、ルノワール、セザンヌ等を中心とする画家が官展のサロンに対抗して団体展を開いた際、新聞記者ルロワがモネの「印象−日の出」をもじって彼らを印象派と呼んだ。印象派という名称はこのことに由来し印象主義という用語もそこから派生した。印象主義は写実主義を受継いで特に外光派の戸外制作を重んじ、かつマネに啓発されて明るい色彩を用いて外界の事物を光をあび、空気で包まれた印象として表現した。光の変化に応ずる色調の変化や空気のゆれ動きを効果的に描くために、固有色を否定し、筆触を小さく分割し、色調を原色に還元したことが技法上の特徴とされる。印象主義は必ずしも体系化された理論をともなわず、組織的にはゆるやかな結びつきにとどまったため、1880年代以降各画家の個性の進展と円熟にしたがい、またスーラやゴーガンなど新世代の登場ともあいまって多様化の様相を深めた。 |
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