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アッベマ



吾妻兼治郎



アデイェミ



アデイェミ



アトランタ1945+50



アトランタ1945+50



アトリエ前の庭



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ししず

獅子図

作家名:平福百穂
制作年:1915年
技 法:絹本金地墨画淡彩 屏風(六曲一双)
本作品は38歳の時に制作された百穂の代表作品である。この作品を制作した前年、第8回文展に出品した本作品と同様の〈たらし込み〉技法を用いて描かれた「七面鳥」(六曲一双屏風)は、琳派の装飾性とリアリズムとを融合させたものとして激賞され、百穂の名を一挙に高めた。2匹の獅子は描線をほとんど用いない没骨法によって描かれ、百獣の王にふさわしい威厳がよく表現されている。よく見ると〈たらし込み〉は一度ではなく墨の濃度を変化させながら、最初の〈たらし込み〉が乾かないうちにその上に再度の〈たらし込み〉がおこなわれていることがわかる。(「日本の美−再発見 富山県水墨美術館収蔵作品集」 2005年)


カテゴリー:作品
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シニャックとは?【 作家名 】

新印象主義の代表的な理論家シニャックは全くの独学で画家となっている。1880年代には、印象派モネシスレールノワールギョーマンらの影響を受けていたが、1884年にスーラの作品を見、さらに1885年にカミーユ・ピサロと息子のリュシアンに出会ってから、本格的に点描法を取り入れ、色彩論を学び始めた。ルイ・ゴンスがジョルジュ・プティ画廊で1883年に開いた日本美術回顧展やパリで開かれたその他の日本美術の展覧会(たとえば1883年と1884年の装飾美術中央連合での日本画家年次展を確かに観ているにもかかわらず、彼の作品にジャポニスムの影響が現れたのは1885年から1886年頃である。ピサロ父子やスーラ(スーラは1885年頃から日本美術の影響を受けている)や、1887年にパリで出会ったゴッホとの親交によって、彼の極東への関心は高まっていった。1885年に版画を始め、まずエッチングの制作を試み、ついで1888年に、新印象主義色彩論を取り入れた多色刷石版画を制作した。彼は浮世絵版画に見られるような大気の明るさと色彩効果を版画に表現しようとした。(P.F.)(「世紀末から 西洋の中の日本「ジャポニスム展」図録)

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けんさくけっか

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  アンデパンダン展

  海景−「聖クレア」シリーズより

  アンリ=エドモン・クロス

  ポール・シニャック

  ジョルジュ・デスパニャ

  カミーユ・ピサロ

  夜−『パン』誌IVより

  マクシミリアン・リュス


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徳島県立近代美術館2006