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さんすい くずるる 2 山水−くずるる 2
伊藤は、今日の日本画壇において最も水墨画に情熱を傾注している作家の一人である。本作品に描かれている情景は、都会の分譲住宅の崖や空地等どこにでもある草むらにすぎない。春から夏にかけて旺盛に繁茂した草々も、初冬の頃、どっとおし寄せる悲しみのようにいっせいに音をたてて崩れ落ちる。そんなどうしようもない自然界の摂理をとおして、生とは死とは何かを問うているのだろう。(「日本の美−再発見 富山県水墨美術館収蔵作品集」 2005年)
カテゴリー:作品
戸張孤雁とは?【 作家名 】 1882年東京に生まれる。1901年洋画研究のため渡米し、06年に帰国する。1910年太平洋画会研究所彫塑部に入門し、同年第4回文展に「をなご」を出品する。1916年再興第3回院展に「ムスメ」「若き男の像」他を出品する。1917年には日本美術院同人となる。1927年東京で死去。アメリカで苦学をしながら、洋画、デッサンを学んでいた戸張は、ニューヨークのナショナル・アカデミーで荻原守衛と知り合ったことで、彫刻家への道を進むことになる。ロダンの作品からも多大な影響を受け、生命感にあふれた大胆なデフォルマシォンを特徴とする象徴性の高い作品を制作した。また版画家としても活躍し、1919年には山本鼎、織田一磨らと日本創作版画協会を創立し、「創作版画と版画のつくり方」を刊行した。(「日本近代彫刻の一世紀 写実表現から立体造形へ」図録 1991年) |
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