ぐるぐるアートワード
データベースを使った楽しいサービスです。文中のキーワードをクリックすると、解説文があらわれ、同時に検索結果が表示されます。ぐるぐるキーワードをたどって遊んでみてください。
ぐるぐるもくじ


加藤源之助



カトリーヌ・ドゥヌーヴの肖像



角卓



「悲しい一小節」



金山平三



カニェンバ



金子九平次



鐘のひびき



金光松美



狩野永岳



狩野永悳



狩野養信



狩野興以



狩野芳崖



加納光於



鹿子木孟郎



彼女の独身者たちによって裸にされた花嫁、さえも(グリーン・ボックス)



河畔



花瓶



カピエッロ


<前 (35/186ページ) 次>

●もくじのさくいん

    

    

記事カテゴリ

 すべて

 作家(1701)

 作品(1851)

 美術用語(163)

 その他(1)


おちあい ろうふう

落合朗風

1896年東京府に生まれる。本名平次郎。4歳で母を亡くし、その後キリスト教信者の父の手で育てられる。1912年(大正元)、明治商業学校を卒業後、働きながら川端画学校に通学。1914年、18歳のとき画家を志し、遠緑にあたる京都の画家小村大雲に師事する。翌年、巽画会展、明治絵画展に出品、1916年には文展に初入選。しかし、1919年院展に転じ、第6回院展に〈エバ〉を出品、出世作となる。以後続けて1921年まで院展に出品するが、第8回展の会期中、朝井観波とともに院展を脱退、京都に移る。1924年、父の故郷島根県松江での個展には失敗するが、同年の第5回帝展に出品し、以後帝展に出品を続け、東京にもどる。1931年(昭和6)帝展と訣別し、青龍展に出品。青龍賞を受け社友となるが、34年川口春波とともに青龍社も脱退、新たに明朗美術連盟を創立する。閉鎖的な既成日本画壇に対抗し、自由な精神と新鮮な感覚で制作をつづけたが、1937年、急性肋膜炎により41歳で早逝した。(「大正の新しき波 日本画1910−20年代」図録 1991年)


カテゴリー:作家
  いまクリックまたは、検索したキーワードの解説

レンツとは?【 作家名 】

ウィーン工芸美術学校でミヒャエル・リーザーおよびフェルディナント・ラウフベルガーに師事。その後、ウィーン美術アカデミーカール・ヴルツィンガー、クリスティアン・グリーペンケールおよびアウグスト・アイゼンメンガーに師事。奨学金を得て2年間ローマ留学。銅版画家フェルディナント・シルンベックと共に1890年代に発券銀行の委託でブエノスアイレス銀行券をデザイン。1898年から1902年、「ヴェル・サクルム」のための作品:第1号の「春の営み」、通卷第5巻および創立者版のカレンダー「4月」および「7月」通卷第1巻の「春」および「秋」。1903年、モザイク研究のため、クリムトと共にラベンナに旅行。1898年から1939年、ウィーン分離派のメンバー、一連の展覧会に出品(第1回展および第14回展の室内装飾デザイン、第14回展のカタログの木版画、その他、モザイク、銅細工、フレスコ画など多数)。

  画面右にこのキーワードの再検索結果が表示されています。そちらもご覧ください。

キーワード検索




けんさくけっか

キーワード

レンツ

キーワードを含む記事
28件見つかりました。

  アカデミー

  東谷武美

  吾妻兼治郎

  井田照一

  リチャード・エステス

  小作青史

  レオネット・カピエッロ

  サンドロ・キア

  清塚紀子

  黒崎彰

  フリードリッヒ・ケーニッヒ

  小嶋悠司

  古塔遠望

  オーギュスト・ジャコメッティ

  スフィンクス橋の眺め

  聖セバスティアヌス

  ピエトロ・ダ・コルトーナ

  ジャン・ドン

  日和崎尊夫

  深沢幸雄


<前   次>

徳島県立近代美術館2006