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おやまだ じろう 小山田二郎
1914年中国安東県(現遼寧省丹東市)に生まれる。1991年没する。1934年帝国美術学校工芸図案科に入学するが翌年西洋画科に転入し、36年退学する。1936年グループ・アニマの同人となる。シュールレアリスムの影響をうけ、1937年、38年独立展に、39年美術文化展に出品する。第二次大戦中は戦争画の隆盛や画材の不足に嫌気をさして美術から離れ、詩や小説の研究に専念する。戦後は自由美術家協会の再建に参加し、1947年会員となる。1952年滝口修造に認められ個展を開き、以後例年のように個展を開く。その間日本現代美術展、選抜秀作美術展、日本国際美術展に毎回出品するほか、1955年ブルックリン国際展、56年サンパウロ・ビエンナーレなどに出品する。1959年自由美術家協会を退会し、無所属となる。社会諷刺をもつ奇怪な人物像による特異な作品で注目を集める。
カテゴリー:作家
コブラとは?【 美術用語 】 1948年にアムステルダムで結成された芸術家グループ。カレル・アペル,アスガーヨルン,コルネイユらが実験美術家と称して集まったものである。コブラの名称は、結集した作家の生国が、デンマーク、ベルギー、オランダの三国にわたっていたことから、それぞれの首都のコペンハーゲン、ブリュッセル、アムステルダムの頭文字をとってコブラと称するようになった。激しい筆触、鮮やかな色彩による表現主義的な作風が共通し、また、精神障害者や子供による作品に表現の可能性を見い出し、アンフォルメルの運動とも深くかかわりながら、ヨーロッパでの第二次大戦後の新しい絵画運動の代表のひとつとなった。しかし、グループとしての活動は短命で、3回のグループ展を開催し、3年後の1951年に解散している。 |
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