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アッベマ



吾妻兼治郎



アデイェミ



アデイェミ



アトランタ1945+50



アトランタ1945+50



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アナツイ



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ふうじゅにきじず らんま

楓樹に雉子図(欄間)

作家名:高村光雲
制作年:不詳
技 法:木
高村光雲は仏師の出身であるが、山車の彫り物や御輿まで幅広く制作を行っている。建築装飾の一種である欄間についても、この作品の他、東京藝術大学の正木記念館や青森県五所川原市にあった布嘉邸などの作例が知られる。 この作品は、朴の素地に、楓の木とそこに憩う小鳥を題材に彫り上げたものだが、表と裏のそれぞれの面で浮き彫りにして図柄を合わせたものではなく、ほとんど丸彫りで、部屋の鴨居の上に木の枝があり、そこに鳥がとまっているように作られている。敦賀の実業家・大和田荘七の依頼によって作られたもので、光雲から荘七に宛てた、寸法の変更についての問い合わせの手紙が併せて残されている。(「高村光雲とその時代展」図録 2002年)


カテゴリー:作品
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米原雲海とは?【 作家名 】

1869年島根県安来市に生まれる。初めは建築彫刻を学び、大工となるが、京都や奈良の仏像に感化されて彫刻を志すようになる。1890年上京し、高村光雲に師事する。のちには、師光雲が息子光太郎の指導を雲海に頼んだといわれるほどの抜群の刀技で知られる。1895年第4回内国勧業博覧会で「軍鶏」が妙技3等賞受賞。同年より1897年まで東京美術学校雇となる。1907年平櫛田中らと日本彫刻会を結成。この年第1回文展で「神来」が3等賞を受賞、以後受賞を重ねる。1910年文展審査員となる。1913年から19年まで、長野県善光寺の仁王像の制作に従事。1920年明治神宮造営にあたり、内殿に安置される狛犬を制作。1925年東京で死去。伝統の技だけに甘んじることなく、三角比例コンパスの技術を修得し、「ジェンナー像」という作品に結実させた。あるいは中国の仙人が用いる不老不死の霊薬といわれる仙丹を持つ童女は、理想の姿といわれているが、これを小品ながらも木肌をなめらかに仕上げた「仙丹」は秀作である。一方「旅人」は面を生かした、軽快な感じを与える作品となっている。(「日本近代彫刻の一世紀 写実表現から立体造形へ」図録 1991年)

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