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ちちいしむらはつきちのぞう 父(石村初吉)の像
生母キクの証言から、靉光が小学校4年生の時の制作といわれる。ヨシダ・ヨシエによると、キクは休みに靉光が里帰りし、この作品を描いていた状況を鮮明に記憶していたという。克明に父親の表現を写し取り、年老いた父親の人柄さえも感じさせるかのようだ。靉光の非凡さをうかがわせるが、同時に木炭という画材の選択や背景の手慣れた処理は、小学校の授業以外に美術にふれる機会があったことをうかがわせる。(「靉光 揺れ動く時代の痕跡」図録 1994年)
カテゴリー:作品
五姓田義松とは?【 作家名 】 1855年東京都に生まれる。チャールズ・ワーグマンに入門。1874年横浜から東京に移り、家塾を開く。1876年工部美術学校に入学し、フォンタネージの指導を受ける。翌年工部美術学校退学。同年の第1回内国勧業博覧会に出品し鳳紋賞を受ける。1880年渡仏。フランスでレオン・ボナに師事する。1882年パリのサロンに入選。翌年にも再び入選する。1887年ロンドンに移り、その後アメリカに渡る。1889年帰国し、明治美術会の結成に参加。1890年父芳柳と共にアメリカへ行く。同年帰国。また、この年の明治美術会第2回展に出品。(「みづゑのあけぼの 三宅克己を中心として」図録 1991年) |
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