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ふるくさす1 フルクサス1
ジョージ・マチューナス編。一九六〇年代初頭からニューヨークを中心に欧米で繰り広げられた前衛芸術運動フルクサス。ラテン語からの造語で流転や変転、広がりを意味するこの名で呼ばれる運動は、偶然性の強いイヴェントや展覧会、コンサート、舞踏、詩、メール・アート、出版活動などをとおして従来の芸術観を問い直した。ジョージ・マチューナスやヨーゼフ・ボイスの名が良く知られているが、日本からも靉嘔やオノ・ヨーコらが参加している。彼らにとって出版活動も重要な表現行為であった。〈フルクサス1〉は多くのメンバーのオブジェや印刷物などを封筒に入れ、ボルトで綴じて木箱に収めたもの。それは、フルクサスの宣言集(マニフェスト)であり、作品発表の場であり、あるいはその本自体が作品であり、さらには本を作る過程そのものも作品なのであった。彼らの既成概念を覆そうとする反芸術的な、ダダ的な活動は、後のパフォーマンス、コンセプチュアル・アートへの道を切り拓いていった。(「本と美術−20世紀の挿絵本からアーティスツ・ブックスまで」図録 2002年)
カテゴリー:作品
レフラーとは?【 作家名 】 1874年ボヘミアのリベレツ近郊に生まれる。故郷リベレツの工芸美術館付属のデッサン学校で学んだ後、1890年よりウィーン工芸学校に在学、F.v.マッチュとC.O.チェシュカに師事。1900年、モーザーの専門課程を履修。1907年、チェシュカの後を引き継いで、工芸学校の絵画と版画のクラスで教鞭をとる(−1935年)。ミヒャエル・ポヴォルニーと共に“ヴィーナー・ケラーミック”(ウィーン陶器製作所、後にグムンデン陶器製作所と合併)を設立する。その製品は1907年以降ウィーン工房を通して販売されるようになる。同年「クンストシャウ」に出品。レフラーはウィーン工房において、ポストカードやコマーシャル・グラフィック、アクセサリー、陶器、衣装および挿絵などを担当するが、特に、ストックレー邸のタイル装飾やキャバレー・フレーダーマウスの室内装飾、衣装およびポスターの制作に重要な役割を果たしている。オーストラリア工作同盟およびキュンストラーハウスの会員。1960年ウィーンで歿。(「ホフマンとウィーン工房展」図録 1996年) |
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