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いながきたるほ いかるす 稲垣足穂『イカルス』
稲垣足穂著。稲垣足穂の短編『イカルス』(「作家」一九五四年六月)を中村宏がオブジェ化したもの。三つの事件が起こる。一.モーターボートがカモメとなって消えた。二.奇妙なカモメの群がいたが、その胴体には模型飛行機のように小窓が並んでいた。三.撃ち落とされた異様に黒い一羽のカモメは竹組に黒紙が貼られた凧のようだが、動力はゴムではなくハツカネズミのような生き物だった。その一週間後に発見された飛行船のような奇妙な模型飛行機は、捕まえてみると折箱のように畳み込まれた。そのなかにあの奇妙な生き物がいる。それは、自分の手で折箱を利用して飛行機を組み立てる奇妙な生き物イカルス・クイッソスであった。しかし、それを教えてくれた生物学に詳しい紳士は「トワイライト世界」の住人であった。この不思議な物語を、中村は全てが銅でできた書物に仕立てる。総重量二十数キロ、一枚の銅の板は三ミリという非常に重い本だが、ページをめくって読めないことはない。稲垣足穂を象徴するような穴がカバーには空いている。彼は「物体は自覚化される時、呪物へと転位する」(「美術手帖」一九七五年四月号)と述べる。中村にとって呪物とはフェティシズムであり、それは物質に目覚めることである。空飛ぶ折箱の飛翔と墜落の寓話を、中村自身の機械への愛着、物質への偏愛によって戦闘機のように固く装備された姿で現実化した呪物、「機甲本イカルス」。(「本と美術−20世紀の挿絵本からアーティスツ・ブックスまで」図録 2002年)
カテゴリー:作品
狩野養信とは?【 作家名 】 1796年木挽町狩野家八代狩野伊川院栄信の長男として生まれる。1846年没する。名は、養信(はじめ「たけのぶ」、のちに「おさのぶ」)。通称庄三郎。最初は玉川としていたが、のちに清川院、会心斎とも号した。文政2年(1819)法眼。文政11年(1828)家督を継承。天保4年(1833)法印となった。天保10年(1839)、弘化2年(1845)にそれぞれ完成した、江戸城西の丸御殿、本丸御殿の再建に際する障壁画制作の中心となった。また、模写事業をすすめ、室町漢画や中国絵画、初期狩野派など多くの模写を残した。そのなかには、大和絵や沈南蘋など狩野派の伝統とは異なった模写も残されている。養信は、明治の東京画壇で活躍した狩野芳崖、橋本雅邦の師としても知られている。(「近代日本画への道程 「日本画」の19世紀」図録 1997年) |
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