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ようねんじだいのべりーこうとぷろう゛ぁんすはくのしょうぞう 幼年時代のベリー公とプロヴァンス伯の肖像
ドルーエは、代々多くの画家を輩出しているドルーエ家の出身で、パリに生まれた。ルイ15世の時代にナティエ等と並ぶ肖像画家として人気を博し、最後にはアカデミーの最高位に就いた。この作品では、ルイ15世の孫の二人が描かれており、向かって右側が兄で、後のルイ16世となるベリー公、左側が弟で、後のルイ18世となるプロヴァンス伯である。幼いながらも豪華な衣装を身につけた子供たちを、高貴さや権威を持たせて描いているところに、貴族の御用画家としてのドルーエの特質がよく表れている。
カテゴリー:作品
ベルガーとは?【 作家名 】 1892年ウィーンに生まれる。1911年よりウィーン工芸学校在学。O.シュトルナートとJ.ホフマンに師事。ウィーン工房のためにテキスタイル、銀器をデザインした。同じく工房に参加していた、O.レンゲッテが1917年に編集したモード雑誌『婦人世界』のグラフィックに協力。ビミニ社のためのガラス器をデザインした。ウィーン市の建築計画に従事1920−36年、30本以上の映画のセットの仕事をし、代表的なものに1920年の「王子と乞食」、1923年の「デア・ユンゲ・メダルドウス」、1927年の「カフェ・エレクトリック」などがある。1936年からモスクワに移り、1981年同地で歿。(「ホフマンとウィーン工房展」図録 1996年) |
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