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ようねんじだいのべりーこうとぷろう゛ぁんすはくのしょうぞう 幼年時代のベリー公とプロヴァンス伯の肖像
ドルーエは、代々多くの画家を輩出しているドルーエ家の出身で、パリに生まれた。ルイ15世の時代にナティエ等と並ぶ肖像画家として人気を博し、最後にはアカデミーの最高位に就いた。この作品では、ルイ15世の孫の二人が描かれており、向かって右側が兄で、後のルイ16世となるベリー公、左側が弟で、後のルイ18世となるプロヴァンス伯である。幼いながらも豪華な衣装を身につけた子供たちを、高貴さや権威を持たせて描いているところに、貴族の御用画家としてのドルーエの特質がよく表れている。
カテゴリー:作品
石井柏亭とは?【 作家名 】 1882年東京都に生まれる。父は日本画家の石井鼎湖。父の指導により早くから日本画を修業し、日本美術協会展などに出品。1894年、神田の共立中学校に入学するが翌年退学し、石川欽一郎らの影響で水彩画を学ぶ。1898年浅井忠の門下に入り、明治美術会に参加。1904年中央新聞社に勤め、東京美術学校西洋画科選科に入学。1907年上京し、森田恒友らと雑誌『方寸』を創刊。1910〜1912年渡欧。1913年、丸山晩霞らと日本水彩画会を創立、翌年二科会を創立。1935年帝国美術会員となって二科会を退会、翌年一水会を結成。(「みづゑのあけぼの 三宅克己を中心として」図録 1991年) |
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