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まんどりんをひくじぷしーおんな(かしゅくりすてぃーな・にるそん) マンドリンを弾くジプシー女(歌手クリスティーナ・ニルソン)
コローは、パリに生まれ、はじめ家業の反物業を手伝っていたが、20歳過ぎから本格的に絵の修行をはじめる。出発は遅かったが風景を中心に活動し頭角を表す。理想の自然を求めてイタリアをはじめ各地を旅し、やわらかな色調の作風を確立する一方で、印象派を思わせる明確な造形性をもった作品も制作し、後の印象派の画家からは巨匠と見なされた。また、人物画にも力量を発揮した。この作品はオペラ座の舞台に出ていたスウェーデンのソプラノ歌手クリスティーナ・ニルソンが、ボヘミアン風の衣装を身につけマンドリンを弾いているところである。彼の芝居好き、音楽好きの一面を示していると言えよう。
カテゴリー:作品
与謝蕪村とは?【 作家名 】 現在の大阪市に生まれる。江戸中期の俳人であり、画家。姓は谷口から与謝に改めた。蕪村は俳号で、画号は初め子漢。晩年に謝寅(しゃいん)とした。二十歳頃、俳諧を志し、江戸に下って早野巴人(はじん)に入門。巴人の没後、いまの茨城県など関東や東北を巡歴し、一七五一年(宝暦元年)、京都に居を結ぶ。丹後(現在の京都府)の宮津での滞在を挟み、以後は京都を拠点に活動した。絵画の面では、明清絵画のさまざまな画法を学び、南画の画法を吸収することで、自己の表現をつくりあげた。池大雅(たいが)とともに日本南画の大成者とされている。 |
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