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もんまるとる、さくれ・くーるじいん モンマルトル、サクレ・クール寺院
ユトリロは、画家シュザンヌ・ヴァラドンを母とし、パリに生まれる。幼い頃から飲酒癖があり、その治療のため絵をはじめる。結局アルコール中毒は直らなかったが、ほとんど独学で絵を身につけ、パリの街角を、哀愁に満ちた調子で描き、人気の画家となる。この作品は「白の時代」を経て色彩が目立ちはじめた「色彩の時代」の作品。モンマルトルの丘に立つサクレ・クール寺院を望む風景が静かな詩情をたたえて描かれている。
カテゴリー:作品
オルブリヒとは?【 作家名 】 1867年チェコのオパヴァに生まれる。1890−93年ウィーン造形芸術アカデミーに在学。O.ヴァーグナーに師事。この頃J.ホフマンと出会い、以降交友を結ぶ。1897年分離派の創設に参加。展示施設である分離派館を設計。1899年ヘッセン大公ルートヴィヒの招きでダルムシュタットの芸術家コロニー建設に参画。1907年ドイツ工作連盟の設立メンバーとなり、1901年−08年ヘッセン大公成婚記念塔、1908年ケルンのファインハウス邸を手掛ける。1908年デュッセルドルフで歿。(「ホフマンとウィーン工房展」図録 1996年) |
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