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もんまるとる、さくれ・くーるじいん モンマルトル、サクレ・クール寺院
ユトリロは、画家シュザンヌ・ヴァラドンを母とし、パリに生まれる。幼い頃から飲酒癖があり、その治療のため絵をはじめる。結局アルコール中毒は直らなかったが、ほとんど独学で絵を身につけ、パリの街角を、哀愁に満ちた調子で描き、人気の画家となる。この作品は「白の時代」を経て色彩が目立ちはじめた「色彩の時代」の作品。モンマルトルの丘に立つサクレ・クール寺院を望む風景が静かな詩情をたたえて描かれている。
カテゴリー:作品
瑛九とは?【 作家名 】 1911年宮崎県に生まれる。1960年没する。本名杉田秀夫。1925年上京し日本美術学校洋画科に入学、1927年美術評論を始め、美術学校を中退。1930年からフォト・デッサン(感光紙と光源の間に物体を置いて、カメラを用いず露光させる技法=フォトグラム)を試み、1936年瑛九の作家名で作品を発表、同年グループ「新時代」に参加。翌年日本美術家協会設立に参画、戦後にかけて油絵とフォト・モンタージュの作品を発表。1951年、協会を退会し、デモクラート美術協会を結成。1950年代からエッチング、続いてリトグラフの制作を開始する。1952年にフォト・デッサンの、57年にリトグラフの、60年に油絵の個展を開催した。1957年には第1回東京国際版画ビエンナーレ展に出品している。シュルレアリスム風のフォト・デッサン、豊かな色彩の抽象絵画で知られ、戦前から前衛美術の先駆者として活躍した。また、日本の現代版画の貴重な指導者として、池田満寿夫等の多くの後進に直接・間接の影響を与えた。 |
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