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でんえんのそうがく

田園の奏楽

作家名:フランソワ・ブーシェ
制作年:1743年
技 法:油彩 キャンバス
18世紀中葉のフランスにおいて、ある意味で「軽薄」で「表面的な優美さ」を求める時代の傾向を最もよく代表した画家ブーシェは、ゴンクール兄弟が要約するところによれば、彼は「ある一つの世紀の趣味の典型であり、それを表現し、それに乗り移り、その化身となった」人物である。1734年以来、ボーヴェのタピスリー工場と関わりを持ち、1755年には王立ゴブラン織工場の長となったことでも分かるように、装飾の分野で才能を発揮し、絵画にもその装飾的要素を駆使して、独自の装飾画の様式を完成させた。時のルイ15世の公式愛妾であったポンパドゥール夫人の絵画教師を務め、ヴェルサイユ、フォンテーヌブロー、マルリーなどの王宮の大規模な装飾を手がけるなど、宮廷関係の仕事に恵まれた彼は、1765年には主席宮廷画家に任命されている。その絵画は、伝統的な神話の主題をあつかったものが多いが、1742年頃から神話画に田園趣味を結びつけた小型の絵画作品も制作するようになった。それらは森や水辺の自然表現の中に神話的人物を配し、休息や戯れをテーマにした牧歌的な雰囲気をもつ作品で、次第に主人公はニンフや羊飼いへと変わっていく。本作の前年に描かれた《ディアナの休息》(ルーブル美術館蔵)などは、この種の神話的田園画の頂点を示すものであろう。本作もこの時期に制作された神話的田園画の見事な一例で田園の中で憩う若い男女の牧歌的情景として、羊飼いが奏でる横笛の音にうっとりと聞きほれるニンフを描いている。この絵と対をなすもう一点(東京富士美術館蔵)には、やはり田園の中で恋を語らう同じような男女が描き込まれている。こうした図像が好まれた背景には、当時の上流階級の人々が、羊飼いや庭師、農民の扮装をして田舎を訪れ、束の間の田園の戯れを楽しむという娯楽が流行したことも要因の一つに考えられよう。(「近世フランスの絵画と版画−東京富士美術館コレクションによる」図録 2002年)


カテゴリー:作品
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橋本雅邦とは?【 作家名 】

石見浜田藩主松平周防守の御用絵師、橋本養邦の子として、江戸に生まれる。養邦は、木挽町狩野家の狩野養信門下であった。幼名千太郎。狩野養信、雅信に入門。同門の狩野芳崖の帰郷後、弟子頭(塾頭)となった。万延元年(1860)に独立するが、幕末から明治維新の混乱期は、生活が困窮し、明治4年(1871)海軍兵学校に出仕。足かけ15年勤務する。明治15年(1882)頃から、内国絵画共進会などで受賞を重ね、フェノロサや岡倉天心の評価を得、鑑画会に参加。東京美術学校教授となり、天心のもとで、横山大観下村観山菱田春草などを育てる。明治23年(1890)帝室技芸員。明治31年(1898)には、天心に殉じて美術学校を退職し、日本美術院の創立に参加。主幹として院の運営をつとめた。(「近代日本画への道程 「日本画」の19世紀」図録 1997年)

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