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さんみっしぇるきょう サン・ミッシェル橋
ユトリロは、パリのサン=タンヌ精神病院で、アルコール中毒の最初の治療を終えたばかりであった。母、シュザンヌ・ヴァラドンの住まいであったモンマルトルのコルトー通りで「アルコール中毒」の発作を起こしてから、入院は3カ月間に及んだ。独りになって、ユトリロはモンマニー(フランス、ヴァル・ドワーズ県)の母方の祖母の所に逃れ、漫画を模写して過ごし、やがてデッサンに時間を費やすようになり、そして母親のシュザンヌ・ヴァラドンのように絵筆を取る決心をした。ユトリロは、大芸術家を気取る、母のようになりたいと願っていた。彼はまず、田舎で絵を描き始め、そしてパリで描くようになた。しかし、モンマルトルの腕白小僧たちや野次馬の嘲笑の目から隠れるために、彼はひそかにセーヌ河岸へと逃れた。これが芸術家としてパリを眺めた、最初であった。シスレーの影響を受けて、ユトリロは印象派の手法で描き始めたが、それでも、その個性は失われてはいない。「いつか、みんなが僕のことを話しているのを、聞くようになるよ。ちょうど、シスレー、シスレー、シスレーを話すみたいに……」。居酒屋でユトリロは、なんども、ろれつの回らない口調で、赤ワインをおごられるたびに、こう話していた。ユトリロ自身、水は好きではないと認めていたにも拘わらず、彼は美しい海景画を1点、完成させたばかりであった。彼は黄緑、光沢のある色彩、テール・シエンナ(土色)に近い、カーマイン・レッド、エメラルド・グリーン、ウルトラマリン・ブルーといった色調の絵具を、白亜、亜鉛白、卵黄で出来た、緻密な原料を使って練り上げた。(S.K.)
カテゴリー:作品
ハプニングとは?【 美術用語 】 1950年代後半から60年代に行われた非演劇的、脱領域的な表現形式。演劇や公演芸術との近親性が著しいが、伝統的な制作・公演の原理を否定し、伝統芸術の時間的秩序を打破して「偶然性」を最も尊重しているため、自然発生的で筋書きのない演劇的出来事といった性格が強い。ハプニングの名称は、1959年ニューヨークのルーベン画廊で開催された、アラン・カプローの「6部からなる18のハプニング」に由来し、遠くは未来派、ダダ、直接にはアクション・ペインティングや作曲家ジョン・ケージの即興の概念を背景としている。芸術家が行為者となって日常的な演技を即興的に行い、またしばしば観客の参加を要請するとともに、提示されたオブジェと一体となった環境を形成し、複合感覚的体験を強調した。代表的なハプナー(ハプニングを行う作家)には、オルデンバーグ、ジム・ダイン、レッド・グルームス、ラウシュンバーグなどや、ヨーロッパを中心とするフルクサスグループ、日本の具体美術協会のメンバーなどがいる。 |
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