![]() |
|||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
| データベースを使った楽しいサービスです。文中のキーワードをクリックすると、解説文があらわれ、同時に検索結果が表示されます。ぐるぐるキーワードをたどって遊んでみてください。 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
|
こるとーどおり もんまるとる コルトー通り、モンマルトル
ここはコルトー通り12番地で、シュザンヌ・ヴァラドンがポール・ムジスと住もうとやってきた所である。1911年にムジスと離婚したあと、ヴァラドンは同じ建物の中にあった“屋根裏部屋”と名づけられたエミール・ベルナールのアトリエを独りで使っている。そのアトリエは現在モンマルトル美術館にある。 この作品では、白く大きな塀に挟まれた人のいない通りが描かれており、塀をうまく配置できるように、向こうの建物に続く道を広めにしている。きれいな白とよごれた白が、分厚いざらついた塀にべったりと塗られている。ほかの壁はサーモン・ピンクや黄色、灰色、緑といった色のマチエールで塗り込められ、歌を奏でているが、そこでもさまざまな白が雄弁に振る舞っている。暗い赤は、傷んだ漆喰壁のしみを隠している。この絵の通りには、道路工事をしたり壁を修理する必要がある。そしてここは、ユトリロの人生に栄光と卑屈、喜びと苦しみをもたらすことになる道なのである。(K.S.)
カテゴリー:作品
池田満寿夫とは?【 作家名 】 1934年旧満州国奉天に生まれる。1997年没する。終戦とともに長野県に引き揚げる。長野県立北高等学校卒業後、上京。1955年に靉嘔、真鍋博らとグループ「実在者」を結成し第1回展を開催し、翌年油彩の初個展を開く。またこの年、瑛九にすすめられて銅版画の制作を開始した。1960年第2回東京国際版画ビエンナーレ展で文部大臣賞を受賞、以後61年の第2回パリ青年ビエンナーレ展、翌年の第3回東京国際版画ビエンナーレ展などで受賞。また、1966年のベネチア・ビエンナーレ展で国際版画大賞を受賞するなど、受賞を重ね、一躍版画界のスターとなる。1977年には『エーゲ海に捧ぐ』で芥川賞受賞、79年同名の映画を製作。国内外の美術館等で多くの展覧会が開かれ、精力的に個展での発表も続けた。版画、陶芸、作家など幅広い活動を行い、著書も多い。 |
||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||