ぐるぐるアートワード
データベースを使った楽しいサービスです。文中のキーワードをクリックすると、解説文があらわれ、同時に検索結果が表示されます。ぐるぐるキーワードをたどって遊んでみてください。
ぐるぐるもくじ


影シリーズ 海辺の黄色の花と影



影シリーズ 海辺の葉と影



影シリーズ ススキと影



影シリーズ 砂と影



影シリーズ 菜の花と影I



影シリーズ 都わすれと影



影シリーズ れんげと影



影シリーズ れんげと影



影シリーズ 石と影



影シリーズ 右近の葉と影



影シリーズ 海辺の黄色の花と影



影シリーズ ススキと影



影シリーズ 砂と影



影シリーズ 菜の花と影I



影シリーズ 浜辺の葉と影



影シリーズ 都わすれと影



影の自画像



過去も未来もない中心 I



過去も未来もない中心 II



かご


<前 (32/186ページ) 次>

●もくじのさくいん

    

    

記事カテゴリ

 すべて

 作家(1701)

 作品(1851)

 美術用語(163)

 その他(1)


こんけのきょうかい ぶるたーにゅ

コンケの教会、ブルターニュ

作家名:モーリス・ユトリロ
制作年:1912年頃
技 法:油彩 キャンバス
このみごとな作品は、A.タバランの著書『ユトリロ』に図版が掲載され、ユトリロが画商のルイ・リボードとのやりとりで味わったいざこざについても詳しく書かれている。「…ユトリロが返事をしないので、リボードはこう書き送った。『もしあなたが私のところに作品を持参するなり、誰かに届けさせるのが気が進まないのであれば、私がそちらに伺いましょう。しかし、私が丘の上まで登っていくよりも、あなたが下りてくるほうがたやすいと私は思いますが』。それは彼の常套手段であった。ユトリロがとうとうモンマルトルの丘を下りてくると、リボードは声高に作品を渡してくれるように頼み、次いで山ほど文句を並べ、仕事がうまくいっていないと泣き落としにかかった。それからおしゃべりをし、下手に出た。『こちらからあなたの所に伺いますし、手紙も書きますよ』。例えばこういう手紙を書いている。『薪の束にもいろいろあるように、絵にもいろいろあります。私が去る1月13日と14日にあなたとヴァラドンさんから購入したのと同じような、またそのときあなたが売らずにとっておいたものと同じような、私が素晴らしいと確信できる質の高い作品をいただける場合には、どれにも同じ金額を喜んでお支払いいたします』。なんとせこいことか! さらにリボードは、この手紙でユトリロの絵を初めて見たときに、しっかりと心を捉えられたことにふれている。そして最後にリボードはこう勧めている。『ご承知のように、私がようやく設定したあなたの絵の値段の相場を下げることは、私たちのどちらにも利益になりません。しかし、もしあなたの作品を、しばらく手元にとどめて置くことができないか、商売をやっていくために短期間でそれらを売却せざるをえないような画商に渡されるようなことをなされば、間違いなくそういう事態になるに違いありません』。リボードはまた、いかにも彼らしいしつこさで、ユトリロの作品を最初に見る権利をもらいたいと懇願しにやってきた。それどころか週に一度、作品を見に丘を登っていくことに決めている。なんたるやり口!『彼はサロン・ドトンヌで一切作品を売らなかったし、よい作品は流通するより保持していたほうがいい』という理由をつけて、アンデパンダン展に出品した2点の作品に100フランという取るに足らない金額を示したこの男の、強引な要求に、ユトリロはさらに激しく反発するに至る」(K.S.)


カテゴリー:作品
  いまクリックまたは、検索したキーワードの解説

三宅克己とは?【 作家名 】

1874年徳島県に生まれ、1954年に没した。旧徳島藩江戸留守居役だった父が、蜂須賀家の養育係となったため、6歳のとき家族で東京に移住。近所には、洋画家・高橋由一の画塾があり、絵に関心をもつようになったと言われている。大野(曽山)幸彦、原田直次郎に洋画を学ぶが、来日中のイギリス人画家ジョン・ヴァーリー(バーレイ)の水彩画に感動し、水彩画家を目指すようになった。1897年、アメリカに渡り、一時イェール大学付属美術学校でも学んでいる。翌年ロンドンに移り、フランスやベルギーを経て帰国。その後、日本各地はもちろん、ヨーロッパ、アメリカ、中国へたびたび出かけ、風景画を描き続けた。1899年白馬会会員。同会の解散後は、光風会の創立に参加。1907年に文展(文部省美術展覧会)が開設されると、第一回展から出品し、以後、文展帝展(帝国美術院美術展覧会)、新文展、戦後の日展で活躍。1915年の文展で2等賞(最高賞)を受賞。翌年から無鑑査となり、帝展、新文展では審査員もつとめた。水彩画を独立した洋画の一分野ととらえ、透明水彩の繊細な表現を追求するとともに、水彩画に関する著書を多数刊行するなど、水彩画の普及に尽力した。昭和初期には、写真に関する啓蒙書も執筆。晩年の1951年、日本芸術院恩賜賞を受賞している。

  画面右にこのキーワードの再検索結果が表示されています。そちらもご覧ください。

キーワード検索




けんさくけっか

キーワード

三宅克己

キーワードを含む記事
57件見つかりました。

  赤城泰舒

  浅井忠

  五百城文哉

  伊上凡骨

  石井柏亭

  石川欽一郎

  岩崎教章

  岩橋教章

  大阪城

  大下藤次郎

  大野幸彦

  春日部たすく

  加藤源之助

  金山平三

  鹿子木孟郎

  河合新蔵

  河上左京

  川上冬崖

  川口軌外

  岸田劉生


<前   次>

徳島県立近代美術館2006