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みみぱんそんのいえ もんすにとおり ミミ・パンソンの家、モン=スニ通り
魂のこもったこの絵は、力強いがゆったりとした作品になっており、白の美しさがみごとである。きれいな白、よごれた白、青みがかった白。沸き立つ乳白色の上に緑色や栗色、褐色、淡い黒が塗られている。批評家諸氏よ、これはなんと美しい作品であろうか。 ユトリロの筆さばきには、白の時代がまだ生き続けていることがみてとれるではないか。白の時代は1914年12月31日に突然終わりを告げたわけではないのだ。ユトリロのパレットの上で音楽を奏でる白には、同じ白の時代といってもいろいろある。そのことは、ユトリロの白がほかのどの画家の白ともまったく違っていることの明白な証なのである。(K.S)
カテゴリー:作品
吉田博とは?【 作家名 】 福岡県に生まれる。1887年に中学修猷館に入学。1893年京都に上り、田村宗立に師事。翌年上京して小山正太郎の不同舎に入り、のち明治美術会に加わる。1899年渡米。デトロイト美術館で「日本画家水彩画展」を開き、翌年パリ万国博覧会に出品して褒状を受ける。1901年帰国。翌年太平洋画会の創立に参加し、1903年には再渡米。第1回文展で3等賞、第2回文展、第3回文展でそれぞれ2等賞を受賞。第4回以後しばしば審査会をつとめる。1947年太平洋画会会長となる。(「みづゑのあけぼの 三宅克己を中心として」図録 1991年) |
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