![]() |
|||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
| データベースを使った楽しいサービスです。文中のキーワードをクリックすると、解説文があらわれ、同時に検索結果が表示されます。ぐるぐるキーワードをたどって遊んでみてください。 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
|
ゆきのむーらんどらぎゃれっと 雪のムーラン・ド・ラ・ギャレット
ここでユトリロは色合いをぎりぎり黒と白に絞り込み、その二色を、ヴァーミリオンの混ざった薔薇色、真紅、澄んだ緑、驚くほど感性に富んだウルトラマリン、さらにコバルト・ブルーからセルリアン・ブルー、オリエント・ブルーにまで至る緊張感に満ちたさまざまな青が深みのあるものにしている。それによって、綿密な遠近法によって描かれた広がりのある真珠色の空に風が流れているのが感じられ、軽やかな外気の中の空間にムーラン・ド・ラ・ギャレットが巧みに描き込まれている。(K.S.)
カテゴリー:作品
ダダとは?【 美術用語 】 第一次大戦中、ヨーロッパおよびアメリカに起った運動。1916年、チューリヒのキャバレ・ヴォルテールで、トリスタン・ツァラ、ジャン・アルプらが、辞典の一頁から偶然に拾った言葉「ダダ」を用いた。大戦の不安のなかで、合理主義文明とその社会体制を否定し、破壊しようという運動で、おびただしいデモンストレーションとスキャンダルを通じて「なにも意味しない」虚無のダダを唱えた。この否定の精神は、ドイツではヒュルゼンベック、グロスらにより政治的色彩を濃くした。またニューヨークでマルセル・デュシャン、ピカビアらが写真のコラージュや、レティ・メイドのオブジェを使った時期をニューヨーク・ダダと呼ぶが、デュシャンの芸術そのものへの否定精神(反芸術)は、第二次大戦後の若い作家に受け継がれた。さらに1919年にケルンでエルンスト、アルプらが起したダダ運動は、偶然性や意識下の世界を通じて、のちにシュルレアリスムや抽象表現主義への道をひらいた。 |
||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||