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ゆきのらぱんあじる 雪のラパン・アジル
この建物の中には、ユトリロの人生のひとこまがそっくり掛けられたままになっている。ここは真冬のモンマルトルの中心部であるが、ユトリロの心の中の雪はすでに汚れてしまっている。 それはユトリロにとって生きにくい時代であった。いくつもの精神病院への入院、二度の自殺の誘惑、苦悩、そして精神の錯乱が彼を待ち受けていた。 この絵の開いた窓の中には、誰も入っていけない。 「数日後には雪が降るだろう。僕は去年のことを思い出している。暖炉のそばで悲しみに沈んでいたことを。もし誰かに『どうしたんだ』と聞かれたら、僕はこう答えただろう。『ほっといてくれ。何でもないんだ』」(K.S.)
カテゴリー:作品
脂派とは?【 美術用語 】 一般に明治美術会系の画家の画面が脂っぽい印象を与えることから、世間がこの系統の作家と作品を揶揄して用いた名称。紫派と呼ばれる黒田清輝を中心として形成された外光派との対比で用いられた。ほかに旧派、北派、変則派とも呼ぶ。1893年ラファエル・コランにサロン風の外光描写を学んだ黒田が帰国するまで、日本の画家は外光描写を知らず褐色を基調として明暗のコントラストを鳶色あるいは黒で表現したため、画面は暗く脂っぽいものとならざるを得なかった。それに対して明るく感覚的な黒田の外光表現は清新な感動をもって若い画家に迎えられ、やがて当時唯一の官展であった文部省美術展(文展)の画風を支配していった。ジャーナリズムは両者の対立を脂派と紫派の抗争とあおったが脂派は画壇の片隅に追いやられていった。 |
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