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食前の祈り[ジャン=シメオン・シャルダンの原画による]



植物のシルエット



『植物の装飾的応用』第1編、第2編 「キンレンカ」第1編より



『植物の装飾的応用』第1編、第2編 「キンレンカ」第1編より



『植物の装飾的応用』第1編、第2編 「キンレンカ」第1編より



『植物の装飾的応用』第1編、第2編 「芥子」第1編より



『植物の装飾的応用』第1編、第2編 「芥子」第1編より



『植物の装飾的応用』第1編、第2編 「芥子」第1編より



『植物の装飾的応用』第1編、第2編 「シクラメン」第1編より



『植物の装飾的応用』第1編、第2編 「シクラメン」第1編より



『植物の装飾的応用』第1編、第2編 「シクラメン」第1編より



『植物の装飾的応用』第1編、第2編 「ニラ」第2編より



『植物の装飾的応用』第1編、第2編 「ニラ」第2編より



『植物の装飾的応用』第1編、第2編 「ニラ」第2編より



『植物の装飾的応用』第1編、第2編 「ひまわり」第2編より



『植物の装飾的応用』第1編、第2編 「ひまわり」第2編より



『植物の装飾的応用』第1編、第2編 「ひまわり」第2編より



食物用かご



書斎のドンキホーテ



初秋


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もんまるとるのすらむがい

モンマルトルのスラム街

作家名:モーリス・ユトリロ
制作年:1918年頃
技 法:油彩 厚紙
マキ(スラム街)は不動産開発業者の脅威にさらされて、現在では何本かの木が植わった小公園が残っているだけである。 モーリス・ユトリロは絵画やデッサンに何度も描いて、これを不滅なものとしている。この羽のついた風車小屋はコローの作品には描かれていず、ユトリロならではのものであり、モンマルトルの心を象徴する叙情詩人としての役割を果たす。 彼は大きければそれだけ注意を要する特殊の正面の開口部と影の部分に配した広場とが作る幾何学的なフォルムの配置に、彼は気を配らなければならなかった……。 彼は薄く溶いた絵具で幾つもの薄い層を重ね、色調に深みを与える。それによって細部の仕上げがしなやかになり、表面に描かれたモチーフは作品に統一感をもたらす重要な要因となる。(T.N.)


カテゴリー:作品
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土田麦僊とは?【 作家名 】

1887年新潟県に生まれる。本名金二。弟茂(つとむ)は後の思想家土田杏村で、国画創作協会の結成にも協力する。1903年(明治36)、僧になるため京都に出たが、画家を志して預けられた智積院から出奔、まず鈴木松年の門に入り、松岳と号した。しかし旧派の松年に飽き足らず、04年竹内栖鳳に入門して麦僊の号を受ける。翌年から新古美術品展に出品。08年の第2回文展で〈罰〉により3等賞を受賞。09年新設の京都市立絵画専門学校別科に入学、11年に卒業した。この間、黒猫会、仮面会を結成し展覧会を開いた。絵専卒業制作〈髪〉により第5回文展で褒状。中井宗太郎や雑誌「白樺」の影響で西洋美術に触れ、〈島の女〉(第6回文展)、〈海女〉(第7回文展)などを発表。1918年(大正7)には、竹喬、紫峰、華岳らと国画創作協会を結成、第1回展に〈湯女〉を出品。1921年竹喬、晩花らと渡欧、ルノワールの画室を訪門するなど西洋美術に直接触れ、23年帰国。翌24年第4回国展には〈舞妓林泉〉を出品。1928年(昭和3)の国画創作協会解散後は官展に復帰した。(「大正の新しき波 日本画1910−20年代」図録 1991年)

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