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食前の祈り[ジャン=シメオン・シャルダンの原画による]



植物のシルエット



『植物の装飾的応用』第1編、第2編 「キンレンカ」第1編より



『植物の装飾的応用』第1編、第2編 「キンレンカ」第1編より



『植物の装飾的応用』第1編、第2編 「キンレンカ」第1編より



『植物の装飾的応用』第1編、第2編 「芥子」第1編より



『植物の装飾的応用』第1編、第2編 「芥子」第1編より



『植物の装飾的応用』第1編、第2編 「芥子」第1編より



『植物の装飾的応用』第1編、第2編 「シクラメン」第1編より



『植物の装飾的応用』第1編、第2編 「シクラメン」第1編より



『植物の装飾的応用』第1編、第2編 「シクラメン」第1編より



『植物の装飾的応用』第1編、第2編 「ニラ」第2編より



『植物の装飾的応用』第1編、第2編 「ニラ」第2編より



『植物の装飾的応用』第1編、第2編 「ニラ」第2編より



『植物の装飾的応用』第1編、第2編 「ひまわり」第2編より



『植物の装飾的応用』第1編、第2編 「ひまわり」第2編より



『植物の装飾的応用』第1編、第2編 「ひまわり」第2編より



食物用かご



書斎のドンキホーテ



初秋


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もんさんみしぇる

モン=サン=ミシェル

作家名:モーリス・ユトリロ
制作年:1922年
技 法:油彩 キャンバス
「海を−だが灰色の海を、遂には呪われた海を、ユトリロはマンシュ県の岸辺、ジュネでモン=サン=ミシェルに向かって海を見るはめになる。そして彼はなおも海に自分の夢を、すべての夢を託す。 ああ、モン・トンブよ、モン=サン=ミシェルよ、もしユトリロが素敵に海を愛しているとしても、旅行者や婚約者たちや新婚旅行の夫婦たちがかなり海を汚してしまった。彼らの笑い、叫び、プラールおばさん亭で食べたオムレツ、月明かりでの抱擁で、彼らは海にかなりお衝撃を与えた。映画のカメラマン、監督、プロデューサー、写真家たちがかなりの程度この山を嘲弄し、笑いものにし、俗化した。不作法な連中の、凡庸な人たちの、愚か者たちの雑踏が、この古き修道院に、この要塞に、おおブランキよ、おまえの偉大なる犠牲者の影が宿るこの独房に襲いかかったのだ。…… ああ、それを留める手立てはない。雄犬どもが、雌犬どもが、小便をするために多い中部を探す……。 別の夏にヴァラドンはモン・トンブから逃れ、芳醇なワインが我が物顔でいるあの味わい深い土地ボジョレーのアンスにいた」(T.N.)


カテゴリー:作品
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勝田蕉琴とは?【 作家名 】

1879年福島県に生まれる。本名良雄。はじめ会津若松の南画家野出蕉雨に学んだのち、1899年(明治32)上京、橋本雅邦に師事する。1902年に東京美術学校日本画選科に入学、1905年の卒業後、岡倉天心の推薦を受けて、タゴールの賓客としてインドに渡る。カルカッタ西北のシャンティニケトン学園で東洋画を教える一方、仏画の制作と仏教美術の研究をおこなった。1907年に帰国し、同年の第1回文展に初入選する。その後、国画玉成会にも参加する。1913年(大正2)の第7回文展で3等賞受賞、以後、官展を主な活躍の場とした。また1963年(昭和38)以降は、革新美術協会に出品した。(「大正の新しき波 日本画1910−20年代」図録 1991年)

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