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もんまるとる のるう゛ぁんどおり モンマルトル(ノルヴァン通り)
……画家という名にふさわしいモーリス・ユトリロは、彼が描くモデルを単なる口実と見なしていた。その口実が彼を高揚させ、その地域の最も醜い掘っ立て小屋から彼は傑作を生み出した。 彼は自分にとってほとんど重要でない風景に真実のイメージを与えるが、それはポール・セザンヌにとっての皿の上の三つの林檎と同じようなものである。彼にとって重要なもの、それは描かれた事物ではなく、彼の心理状態であるが、これを繰り返し表現することに彼は倦むことがなかった。そしてユトリロの魂よりも感動的なものが他にあっただろうか(T.N.)
カテゴリー:作品
ドクメンタとは?【 美術用語 】 1955年以来、西ドイツのカッセル市で、原則として4年ごとに催されてきた進歩的傾向の国際美術展の名前。第1回展は、カッセル・アカデミーのボーデ教授の提唱で、第二次大戦終了までナチスによって進歩的・前衛的芸術が「退廃」の烙印を押されて国際舞台から著しく立ち遅れてしまっていたドイツの芸術に、再び新しい息吹きを取り戻す目的で組織された。以降、ドイツの国民に世界の現代美術の動向を紹介するのを根本とし、多くの国際美術展のような授賞制度を持たずに、毎回テーマを決め、それに基いて委員会が美術家の人選を行うという方法を採っている。第2回展にはアメリカ部門が設けられ、ニューヨーク派の成果が紹介され、第4回展では、出品作家の3分の1がアメリカ人でその作品の多くが巨大なサイズのものという、アメリカの色面抽象絵画、ポップ・アート、ミニマル・アートが支配的なもので、ドクメンタの歴史にひとつの頂点を画したものであった。画商界の動向への追随など批判も多いが、現行の国際美術展では最も規模の大きいものである。 |
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