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ゆきのむーらんどらぎゃれっと 雪のムーラン・ド・ラ・ギャレット
雪に覆われたモンマルトルとムーラン・ド・ラ・ギャレットは凍えている。ユトリロが崇拝する美しき“ジャンヌ(・ダルク)”の神秘的な魂のように純白な雪。この作品ではすべてのものが、自分を引きずり込む脅迫観念から、三つの神徳によって抜け出すために集められている。 過ぎ去りし日々を思い出させるように、そのすらりとした翼をはためかせる音をユトリロが朝夕耳にしたムーラン・ド・ラ・ギャレットの大きな風車を中心にしたモンマルトル。母と純なるジャンヌ・ダルクのような女性たちの無垢を象徴する雪。ここでは命あるものは喧騒の場に退いており、赤と褐色と白のシンフォニーから聖性を奪いとらないように身を潜めている。 雪は今は、静かにメランコリックに落ちてはおらず、風景を覆って横たわっている。悲しき人々のいない雪景色。 ただユトリロの心だけが、初めて人生の苦しみを知ったこの場所に再び身を置くべく、色の調子についてじっと考えをこらしている。 ユトリロは、人が自分より以前には見なかったものを見るすべを心得ていた。彼は自らの思想から、瞑想にふさわしい場をつくり出した。「人は知識を得れば得るほど知恵を失い、便利になればなるほど見る力を失う」(K.S.)
カテゴリー:作品
与謝蕪村とは?【 作家名 】 現在の大阪市に生まれる。江戸中期の俳人であり、画家。姓は谷口から与謝に改めた。蕪村は俳号で、画号は初め子漢。晩年に謝寅(しゃいん)とした。二十歳頃、俳諧を志し、江戸に下って早野巴人(はじん)に入門。巴人の没後、いまの茨城県など関東や東北を巡歴し、一七五一年(宝暦元年)、京都に居を結ぶ。丹後(現在の京都府)の宮津での滞在を挟み、以後は京都を拠点に活動した。絵画の面では、明清絵画のさまざまな画法を学び、南画の画法を吸収することで、自己の表現をつくりあげた。池大雅(たいが)とともに日本南画の大成者とされている。 |
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