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もんまるとるのどぅぶれのうえん モンマルトルのドゥブレ農園
「僕は今、画面全体を大きな色面で塗るようにしている。僕は壁を建て、石を積み上げる。それから大工になり、屋根葺職人にもなろう。 細部を仕上げるのは、下地に塗られる色が全体に所を得てからである。 君には、細部にとらわれて全体の色調を見失わないでもらいたいものだ」 「僕はそれら大きな壁面が好きだ。白や灰色だったり、黄色やピンクだったりするその壁には窓の穴があいている。屋根にはトタンか瓦がのっている。鎧戸はその隙間が何本あるか数えなくてはいけない。というのも、誰もそれが人の役に立っているなんて思ってもみないから」(K.S.)
カテゴリー:作品
瑛九とは?【 作家名 】 1911年宮崎県に生まれる。1960年没する。本名杉田秀夫。1925年上京し日本美術学校洋画科に入学、1927年美術評論を始め、美術学校を中退。1930年からフォト・デッサン(感光紙と光源の間に物体を置いて、カメラを用いず露光させる技法=フォトグラム)を試み、1936年瑛九の作家名で作品を発表、同年グループ「新時代」に参加。翌年日本美術家協会設立に参画、戦後にかけて油絵とフォト・モンタージュの作品を発表。1951年、協会を退会し、デモクラート美術協会を結成。1950年代からエッチング、続いてリトグラフの制作を開始する。1952年にフォト・デッサンの、57年にリトグラフの、60年に油絵の個展を開催した。1957年には第1回東京国際版画ビエンナーレ展に出品している。シュルレアリスム風のフォト・デッサン、豊かな色彩の抽象絵画で知られ、戦前から前衛美術の先駆者として活躍した。また、日本の現代版画の貴重な指導者として、池田満寿夫等の多くの後進に直接・間接の影響を与えた。 |
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