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食前の祈り[ジャン=シメオン・シャルダンの原画による]



植物のシルエット



『植物の装飾的応用』第1編、第2編 「キンレンカ」第1編より



『植物の装飾的応用』第1編、第2編 「キンレンカ」第1編より



『植物の装飾的応用』第1編、第2編 「キンレンカ」第1編より



『植物の装飾的応用』第1編、第2編 「芥子」第1編より



『植物の装飾的応用』第1編、第2編 「芥子」第1編より



『植物の装飾的応用』第1編、第2編 「芥子」第1編より



『植物の装飾的応用』第1編、第2編 「シクラメン」第1編より



『植物の装飾的応用』第1編、第2編 「シクラメン」第1編より



『植物の装飾的応用』第1編、第2編 「シクラメン」第1編より



『植物の装飾的応用』第1編、第2編 「ニラ」第2編より



『植物の装飾的応用』第1編、第2編 「ニラ」第2編より



『植物の装飾的応用』第1編、第2編 「ニラ」第2編より



『植物の装飾的応用』第1編、第2編 「ひまわり」第2編より



『植物の装飾的応用』第1編、第2編 「ひまわり」第2編より



『植物の装飾的応用』第1編、第2編 「ひまわり」第2編より



食物用かご



書斎のドンキホーテ



初秋


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むーらんどらぎゃれっと

ムーラン・ド・ラ・ギャレット

作家名:モーリス・ユトリロ
制作年:1950年頃
技 法:油彩、グワッシュ キャンバス
モンマルトルうわさ話−諷刺詩−。心を込めてリュシー・ポーウェル夫人に捧ぐ。ところで、日曜日、この美しい一角に、魅了された善良な野次馬が波のように、モンマルトルに押し寄せ、人間の大洋に揺られ雷同し、あちこちでうわさ話をでっち上げるらしい。悲しき者たちよ!それは至る所で不平をたれる、卑しい根性のただの軽薄者でしかない。土地っ子、住人、プロレタリアート、有名な画家たちは痛めつけれられる、やたらと厚かましい千もの視線で。ありきたりの金持ち、年金生活者、そして“ああ、文無し”!彼ら仕事のない者たちは、君たちの顔など意に介さない。君たち芸術家の穏やかな、人をまったく侮辱しない、視線の中に燃える火をものともせず、あざ笑う。ところで、個人のものであるこの通りで、君たちは耐えなければならない。多くの不作法者の厚顔無恥で、冷やかし半分の笑いを(プルボよ、君ならなんと言う?)。ジュノー大通りの日曜日のなんという快楽!画家モーリス・ユトリロ、V.(K.S.)


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北野恒富とは?【 作家名 】

金沢市に生まれる。本名富太郎。明治25年(1892)版下業の西田助太郎に彫版を学ぶ。明治30年北国新報社の彫刻部に勧めるが、退社して大阪に出る。翌年月岡芳年の弟子で日本画家の稲田年恒に師事し、浮世絵を学ぶ。その後梶田半古から新しい風俗画を学ぶ。明治34年大阪新報社に入社して挿し絵を描くが、明治44年第5回文展で3等賞を受賞する。大正元年(1912)大正美術会を設立。大正3年日本美術院再興とともに院展に出品、翌年大阪美術会を設立。大正6年日本美術院同人となる。美人画が得意で門下に中村貞以がいる。写生を基礎として恒富の美人画風俗画は、平明な親しさと余韻を持つ。(「東四国阿波讃岐風景画展」図録 1993年)

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