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あるとーはへいしたちのまえでかたる 〈アルトーは兵士たちの前で語る〉
クラウス・フォム・ブルッフは、1952年ケルンに生まれる。1975-76年カリフォルニア美術研究所(ヴァレンシア、アメリカ合衆国)、76-79年ケルン大学哲学科で学ぶ。1992年よりカルルスルーエ造形大学教授となり、現在、ケルンに在住。この作品は、詩人アントナン・アルトーの記憶に基づいている。ドキュメンタリー映画から取り出された若い兵士たちがくずおれる「死の舞踏」が容赦なく繰り返されている傍らで、小さな骸骨が踊っている。そして、さらに別の映像では、子どもたちが愉しそうな様子で笑っている。しばらくすると、これはダッハウ収容所を解放したアメリカ人のまなざしを追体験しているということに気づくのである。
カテゴリー:作品
未来派とは?【 美術用語 】 20世紀初頭、イタリアを中心に興った芸術運動。1909年2月20日、詩人マリネッティがパリの日刊紙『フィガロ』紙上に最初の「未来派宣言」を発表し、10年3月8日ボッチョーニ、カルラ、ルッソロ、バルラ、セヴェリーニがトリノの劇場で観衆を前にイタリアで最初の未来派運動宣言を行なった。新時代はそれにふさわしい生活様式と表現を必要とするとし、いっさいの過去を精算して速度とダイナミックな力の渦巻く機械文明の感覚を力強く表現することを主張した。造型の観点からは、対象の物質性を破壊してキュビズムから得た同時代性の思想を画面に定着し、運動の表現に新たな道を開いた点が注目される。運動としては1915年頃までで終ったが、ダダをはじめ20世紀芸術の諸運動に与えた影響は少なくない。印刷物を通じた幅広い広報活動をおこない、大正10年代の日本の美術・文学にも多くの影響を与えた。 |
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