ぐるぐるアートワード
データベースを使った楽しいサービスです。文中のキーワードをクリックすると、解説文があらわれ、同時に検索結果が表示されます。ぐるぐるキーワードをたどって遊んでみてください。
ぐるぐるもくじ


食前の祈り[ジャン=シメオン・シャルダンの原画による]



植物のシルエット



『植物の装飾的応用』第1編、第2編 「キンレンカ」第1編より



『植物の装飾的応用』第1編、第2編 「キンレンカ」第1編より



『植物の装飾的応用』第1編、第2編 「キンレンカ」第1編より



『植物の装飾的応用』第1編、第2編 「芥子」第1編より



『植物の装飾的応用』第1編、第2編 「芥子」第1編より



『植物の装飾的応用』第1編、第2編 「芥子」第1編より



『植物の装飾的応用』第1編、第2編 「シクラメン」第1編より



『植物の装飾的応用』第1編、第2編 「シクラメン」第1編より



『植物の装飾的応用』第1編、第2編 「シクラメン」第1編より



『植物の装飾的応用』第1編、第2編 「ニラ」第2編より



『植物の装飾的応用』第1編、第2編 「ニラ」第2編より



『植物の装飾的応用』第1編、第2編 「ニラ」第2編より



『植物の装飾的応用』第1編、第2編 「ひまわり」第2編より



『植物の装飾的応用』第1編、第2編 「ひまわり」第2編より



『植物の装飾的応用』第1編、第2編 「ひまわり」第2編より



食物用かご



書斎のドンキホーテ



初秋


<前 (74/186ページ) 次>

●もくじのさくいん

    

    

記事カテゴリ

 すべて

 作家(1701)

 作品(1851)

 美術用語(163)

 その他(1)


はんがしゅう おおがらす きょうぞうのうえのおおがらす ぱらすのぞうへとおりたった

版画集『大鴉』胸像の上の大鴉−「パラスの像へと降り立った……」

作家名:エドゥワール・マネ
制作年:1875年
技 法:筆とインクによる転写石版画 シナ紙
これらの転写石版画及び蔵書票は、マネが親友のアメリカの作家エドガー・アラン・ポーの詩「大鴉」を解釈して視覚化したもので、製本されていない二つ折り版のページを開くと、左に英語本文、右にそれぞれの場面に応じた挿絵が来るように挿入されている。英語本文の裏には、マネの親友の詩人ステファーヌ・マラルメによるフランス語訳が付けられた。わずか25フランで売り出されたにもかかわらず、売れ行きは芳しくはなかった。主人公のモデルとなったのはマラルメと考えられ、容姿が類似している。わずか18節からなるポーの詩の簡潔さと象徴性をそのまま視覚化するかのように、マネの描写は端的で、細部を黒い影で覆って省略してある。筆でインクを平塗りした転写石版画としてはおそらく最初のもので、デュレやゴンスの日本美術に関する著作に掲載されたような日本の墨絵の影響があると考えられている。特に最後の椅子の場面は最も抽象的で、空の椅子によって詩人の孤独を象徴し、不気味に床に横たわる影は二度と帰らない大鴉の不在感を表している。(「世紀末から 西洋の中の日本「ジャポニスム展」図録)


カテゴリー:作品
  いまクリックまたは、検索したキーワードの解説

吉田博とは?【 作家名 】

福岡県に生まれる。1887年に中学修猷館に入学。1893年京都に上り、田村宗立に師事。翌年上京して小山正太郎の不同舎に入り、のち明治美術会に加わる。1899年渡米。デトロイト美術館で「日本画家水彩画展」を開き、翌年パリ万国博覧会に出品して褒状を受ける。1901年帰国。翌年太平洋画会の創立に参加し、1903年には再渡米。第1回文展で3等賞、第2回文展、第3回文展でそれぞれ2等賞を受賞。第4回以後しばしば審査会をつとめる。1947年太平洋画会会長となる。(「みづゑのあけぼの 三宅克己を中心として」図録 1991年)

  画面右にこのキーワードの再検索結果が表示されています。そちらもご覧ください。

キーワード検索




けんさくけっか

キーワード

吉田博

キーワードを含む記事
4件見つかりました。

  チャールズ・W.バートレット

  丸山晩霞

  満谷国四郎

  吉田博


<前   次>

徳島県立近代美術館2006