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せんめんが 扇面画
かきつばたのシルエットを白抜きにして強調したこの木版画は、日本の石摺り木版画にヒントを得たものと考えられている。石摺り木版画では、彫り残した背景の部分だけにインクがのるので、彫られた植物の輪郭だけが浮かび上がり、拓本のような効果が出る。この種の木版画を集めた画帳もヨーロッパでは出回っていたので、オリオールが実際にそれらを見て参考にした可能性もある。(「世紀末から 西洋の中の日本「ジャポニスム展」図録)
カテゴリー:作品
五姓田義松とは?【 作家名 】 1855年東京都に生まれる。チャールズ・ワーグマンに入門。1874年横浜から東京に移り、家塾を開く。1876年工部美術学校に入学し、フォンタネージの指導を受ける。翌年工部美術学校退学。同年の第1回内国勧業博覧会に出品し鳳紋賞を受ける。1880年渡仏。フランスでレオン・ボナに師事する。1882年パリのサロンに入選。翌年にも再び入選する。1887年ロンドンに移り、その後アメリカに渡る。1889年帰国し、明治美術会の結成に参加。1890年父芳柳と共にアメリカへ行く。同年帰国。また、この年の明治美術会第2回展に出品。(「みづゑのあけぼの 三宅克己を中心として」図録 1991年) |
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