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なかむら だいざぶろう 中村大三郎
1898年京都府に生まれる。1947年没する。大三郎は京都のひと。西山翠嶂に師事する。すでに在学中の大正7年第12回文展に「懺悔」が初入選、同8年の第1回帝展「雙六」、第2回展の「静夜聞香」と第4回展の「燈籠大臣」が特選となっている。早くから人物画題を好み、美人画も多い。大正13年美工で教え、翌年から没年まで絵専で指導にあたった。帝展では、第7回展「ピアノ」や第9回展「編物」、第11回展「婦女」など、現代女性表現の気品高い作品を発表、戦前の新文展では、「弱法師」「三井寺」など能楽の世界に取材した典雅清麗な作品を発表した。(「京都の日本画−京都画壇の俊英達−」図録 2001年)
カテゴリー:作家
ルノワールとは?【 作家名 】 1841年フランスに生まれる。1862年エコール・デ・ボザールに入学し、ここでモネ、シスレーらと知り合う。ドラクロワやクールベの影響を受けた制作を経て、1869年からモネと印象派の技法を試みる。1874年第1回印象派展に「桟敷席」他7点を、76年第3回印象派展には「ムーラン・ド・ラ・ギャレット」を出品する。1880年代にはアングルやラファエロに影響され、明確なデッサンと寒色を基調とした作風の時代に移行する。1890年ごろより、もとの作風に戻り、裸婦や肖像を主として制作。豊満で量感に富む独特の画境を開く。1903年から彫刻も手掛ける。1906年よりカーニュに居を定め、1919年に同地で没した。(「パリ・日本・メキシコ 埼玉県立近代美術館所蔵作品による」図録 1992年) |
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