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よあけ はんがしゅう ときのまじゅつ だい1ず 夜明け−版画集『時の魔術』第1図
フランスの版画ルネサンスが最高潮に達した頃、批評家のアンドレ・メルリオは、1898年の著書『多色刷オリジナル石版画』で、リヴィエールの作品の特徴を「自然に対する真率な感情と、線と色彩とをバランス良く組み合わせる感覚が見事に調和していること」であると指摘した。また、「平面的な色使いが浮世絵を想起させる」が、「単純化を求める余り、空想的なデフォルメに陥ることもなく」、「風景の最も装飾的な部分を強調していながら、その詩情をいささかも減ずることがない」と称賛している。リヴィエールは早くから版画の創造的価値に気付き、出版などの商業的分野において、単に複製を生産する手段となってしまっていた多色刷石版画を、モダン・アートの域に引き上げる運動に貢献したが、その契機となったのは浮世絵との出会いであった。この版画集『時の魔術』では、様々な風景の、時によって移り変わる様が実に繊細な感性で捉えられているが、その極端に横長の形式は、日本の屏風絵のように室内装飾画として用いられることを考慮に入れてデザインされた。(「世紀末から 西洋の中の日本「ジャポニスム展」図録)
カテゴリー:作品
鹿子木孟郎とは?【 作家名 】 1874年岡山県に生まれる。1888年岡山高等小学校を卒業、松原三五郎の天彩画塾に学ぶ。1892年上京して小山正太郎の不同舎に学ぶ。1900年渡米、翌年イギリスを経てパリに留学。ジャン・ポール・ローランスに師事する。1903年ベルギー、スイス、イタリアを巡歴。翌年帰国、京都高等工芸学校講師となる。また太平洋画会に参加し多くの作品を発表。1905年浅井忠らと関西美術院を設立。翌年再び渡仏、サロンに入選。文展審査員に選ばれ、第7回文展まで審査員をつとめる。1916年渡仏、1918年帰国し京都に下鴨画塾を開設。1924年帝国審査員となり以後歴任。1932年仏政府より勲章を受ける。(「みづゑのあけぼの 三宅克己を中心として」図録 1991年) |
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