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せいふく わかいじょせいのためのがしゅうより 「制服」−『若い女性のための画集』より
『若い女性のための画集』は、1896年、アーティストによるオリジナル石版画の出版を数多く手がけ、サロン・デ・サン(百人展)を開催していた、プリュム社から出版された。アルバムは10枚の白黒の石版画から成り、最新ファッションに身を包み、街を闊歩する若い女性たちの姿が描かれた。しかし、この作品の焦点は画面の下から前方に向かって歩いてくる男性にあり、白いドレスを着た二人の女性は中心から外れている。窓から交差点を見下ろす視点は、広重の『東海道五十三次』の《藤枝》等、浮世絵に頻繁に見られる鳥瞰図的視点から学んだと思われる。(「世紀末から 西洋の中の日本「ジャポニスム展」図録)
カテゴリー:作品
コブラとは?【 美術用語 】 1948年にアムステルダムで結成された芸術家グループ。カレル・アペル,アスガーヨルン,コルネイユらが実験美術家と称して集まったものである。コブラの名称は、結集した作家の生国が、デンマーク、ベルギー、オランダの三国にわたっていたことから、それぞれの首都のコペンハーゲン、ブリュッセル、アムステルダムの頭文字をとってコブラと称するようになった。激しい筆触、鮮やかな色彩による表現主義的な作風が共通し、また、精神障害者や子供による作品に表現の可能性を見い出し、アンフォルメルの運動とも深くかかわりながら、ヨーロッパでの第二次大戦後の新しい絵画運動の代表のひとつとなった。しかし、グループとしての活動は短命で、3回のグループ展を開催し、3年後の1951年に解散している。 |
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