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ぱりじぇんしょっきせっとのためのさらのでざいん パリジェン食器セットのための皿のデザイン
1859年に西洋人として始めて『北斎漫画』を発見したと言われる版画家ブラックモンは、ジャポニスムの先駆者で、1866年にはウジェーヌ・ルソーの注文で、日本美術から鳥や花のモティーフを借用した食器セットのデザインを手がけている。ルソー食器セットはヨーロッパ中の陶器メーカーにインスピレーションを与え、ロココや新古典主義のデザインで行き詰まっていた西洋陶器に新風を吹き込んだ。パリジェン食器セットは、1872年にブラックモンがアート・ディレクターとなった、シャルル・ハヴィランド工房のために制作された。セットの全体が日本の花鳥画に影響を受けたデザインとなっており、葦に留まる小鳥、小さな滝や飛ぶ鳥の群れ等が、空間的関係を無視して、丸皿に収まるように描かれている。(「世紀末から 西洋の中の日本「ジャポニスム展」図録)
カテゴリー:作品
エルンストとは?【 作家名 】 1891年ドイツに生まれる。1976年没する。ボン大学で哲学を学ぶ。1912年「ラインの表現主義者」展に出品。キュビスムや未来派の影響を受けた後、1919年アルプ等とケルンのダダ・グループを結成し、過去の名画の改作やコラージュなどを試みる。アンドレ・ブルトンの招きで1921年パリで個展、翌年パリに移り、シュルレアリスムの代表的画家として活躍。1925年フロッタージュ(あてこすり)の技法を発明し、〈博物誌〉を制作、その後油彩にも応用する。第2次大戦中ナチに追われ、1941年ニューヨークに移る。オシログラフ(振動描画)の技法は、アクション・ペインティングの先駆けとなった。1929年に〈百頭女〉、1934年に〈慈善週間〉、などのコラージュ小説を刊行。タブローの他、版画や本の挿絵も精力的に手掛け、アメリカでは多くの彫刻を制作した。1954年ベネチア・ビエンナーレ展で、絵画部門の大賞を得た。1958年フランスに帰化した。(「なぜか気になる人間像 徳島県立近代美術館所蔵名品展」図録(埼玉県立近代美術館)1992年) |
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