ぐるぐるアートワード
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原勝郎



原菊太郎



原健



原丹橋



原鵬雲







ハルス



ハルトフ



春日蜿々(白梅)



ハロルドジェニングス



版画集『大鴉』『大鴉』表紙



版画集『大鴉』胸像の上の大鴉−「パラスの像へと降り立った……」



版画集『大鴉』飛翔する大鴉:書票



版画集『大鴉』窓辺にて−「ここに私は鎧戸を開け放った……」



版画集『大鴉』椅子−「床の上に漂いつつ横たわるその影……」



版画集『大鴉』ランプの下で−「嘗て物寂しい真夜中に……」



版画集〈耶蘇十二使徒板画柵(不来方頌、大恩世主十二使徒板画鏡柵)〉1. フィリポ 邊梨保の柵



版画集〈耶蘇十二使徒板画柵(不来方頌、大恩世主十二使徒板画鏡柵)〉10. タダイ 多駄伊の柵



版画集〈耶蘇十二使徒板画柵(不来方頌、大恩世主十二使徒板画鏡柵)〉11. ヤコブ 也胡武の柵



版画集〈耶蘇十二使徒板画柵(不来方頌、大恩世主十二使徒板画鏡柵)〉12. シモン 指聞の柵


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 作家(1701)

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ゆあみするしゅざんぬ じゃんばてぃすとさんてーるのげんがによる

ゆあみするシュザンヌ[ジャン=バティスト・サンテールの原画による]

作家名:カルロ=アントニオ・ポルポラティ
制作年:1773年彫版
技 法:エッチングビュラン
ポルポラティは、J.B.ド・サンテールが1704年10月18日アカデミー入会を許可された時の作品として提出した絵画作品から版を起こした。この絵は1796年以来ルーヴル美術館の常設展示となった大変有名な1点である。レンブラントの《ゆあみのバテンバ》と同様に、この題材は聖書からとったものであるにもかかわらず、《シュザンヌと老人たち》や《清らかなシュザンヌ》さらに《ゆあみするシュザンヌ》などの作品にはルネサンス以降次第に宗教的描写が少なくなってきたテーマの一つである。このような世俗的あつかいが、16世紀にはすでにアントワープ地方やヴェネツィア地方の芸術家の間に出てきており、さらにほとんど、エロティックな傾向の描写にまで変わっている。この版画のもとになった絵の作者サンテールの描いた作品の方は、女性の優美な容姿が背景にあつかわれた建築物や風景から巧みに離れて浮き出している。さらに、この作品はグルーズの作品のように、画家の心情を呼びさますような、時には画家に道徳を説くような気分をもっており、18世紀の後半のロココの趣向によく合っていたといえる。(「近世フランスの絵画と版画−東京富士美術館コレクションによる」図録 2002年)


カテゴリー:作品
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脂派とは?【 美術用語 】

一般に明治美術会系の画家の画面が脂っぽい印象を与えることから、世間がこの系統の作家と作品を揶揄して用いた名称。紫派と呼ばれる黒田清輝を中心として形成された外光派との対比で用いられた。ほかに旧派、北派、変則派とも呼ぶ。1893年ラファエル・コランにサロン風の外光描写を学んだ黒田が帰国するまで、日本の画家は外光描写を知らず褐色を基調として明暗のコントラストを鳶色あるいは黒で表現したため、画面は暗く脂っぽいものとならざるを得なかった。それに対して明るく感覚的な黒田の外光表現は清新な感動をもって若い画家に迎えられ、やがて当時唯一の官展であった文部省美術展(文展)の画風を支配していった。ジャーナリズムは両者の対立を脂派紫派の抗争とあおったが脂派は画壇の片隅に追いやられていった。

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