![]() |
|||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
| データベースを使った楽しいサービスです。文中のキーワードをクリックすると、解説文があらわれ、同時に検索結果が表示されます。ぐるぐるキーワードをたどって遊んでみてください。 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
|
たなか としゆき 田中稔之
1928年山口県に生まれる。1950年向井潤吉に師事、52年行動美術展初入選。1956年第1回アジア青年美術家展フライシュマン賞受賞。1958年行動美術賞を受賞、翌年同協会会員となる。1960年現代日本美術展出品、63年渡欧し、ウィリアム・ヘイターに版画を学ぶ。1964年モナコ国際ビエンナーレ出品、66年帰国。1970年代に入り、太陽のモチーフが画面に現れるようになる。1977年のモンゴル、シベリア旅行で宇宙や生命力といった人間の次元を越えたものと対局し、円の連作を始める。空間を色面で鋭く斬って生まれた大きな円空間は、瞑想的で東洋的な情感をかもしだしている。(「THE HIROSHIMA 広島市現代美術館所蔵作品による」図録 1991年)
カテゴリー:作家
ルネサンスとは?【 美術用語 】 15〜16世紀のヨーロッパの美術史上の様式と時期区分。とくにイタリア美術史上でいう。「ルネサンス」という言葉は、もともと、ヴァザーリが著書『美術家列伝』(1550年初版)の中で初めて用いた美術の“復活”=イタリア語でリナシータに由来し、それが1840年頃にルネサンスとフランス語に訳され用いられている。ヴァザーリは、およそ13世紀後半以降のイタリアの美術家の中にローマ帝国とともに没落していた美術の復活を認め、時代区分としてルネサンスとしたが、これは同時に古代との間に中世の概念を設定したものであった。今日通説の画期としては、フィレンツェのサンタ・マリア・デル・フィオーレ大聖堂円蓋起工の1420年より1500年までを初期、1500年〜1520−30年を盛期としている。初期にはフィレンツェ、盛期にはローマが中心となっている。自然と古代とを柱とする人文主義的造形活動を特色とし、美術理論が追求され、また美術作品の世俗化も行われ、メディチ家などの地方君主による美術の流派が形成された時代である。 |
||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||