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ふらんすおうひまりーれぐざんすか かるるう゛ぁんろーのげんがによる フランス王妃マリー・レグザンスカ[カルル・ヴァン・ローの原画による]
この版画は、1747年の油彩の肖像の複製である。ポーランド王スタニスラウス・レグザンスキの娘のマリー・レグザンスカは、1730年、ブレスランで生まれた。そして、1725年に彼女より7歳年下の、まだ若いルイ15世と結婚した。10年間に10人の子供を生んだにもかかわらず、夫には見捨てられ、宮廷貴族にも見放されたレグザンスカは、後に彼女の知性とエスプリに魅かれた少数の教養と才知ある友人に見守られて、慈悲に満ちた隠遁生活を過ごした。1768年、ヴェルサイユにおいて没した。(「近世フランスの絵画と版画−東京富士美術館コレクションによる」図録 2002年)
カテゴリー:作品
都路華香とは?【 作家名 】 本名辻宇之助。明治13年幸野楳嶺に入門し内国勧業博覧会で受賞を重ねる。のちに、竹内栖鳳、菊池芳文、谷口香きょう(*)らと楳嶺門下の四天王と呼ばれた。新古美術品展、全国絵画共進会展、文展でも受賞を重ね、大正5年第10回文展で特選を受賞する。明治末年ころより波を研究し、大正元年の《良夜》などに見られるような四条派に水墨の趣を入れた作品を発表した。その後も写実から装飾にいたる幅広い作風を展開している。14年帝国美術院会員に任命され、15年には京都市立の絵画専門学校と美術工芸学校の校長をつとめた。(「京都国立近代美術館 所蔵名品集[日本画]」増補版 2003年) *・・・「きょう」は、やまへん(山)と喬からなる漢字(Unicode:5DA0) |
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